Author Archive
「テキトーな子育て」って、あんがい難しいんだな、これが。
だって、世間様は子どもの行動の逐一を「親のしつけがなってない」「この親にしてこの子あり」って、母親のせいにするじゃないですか。
そんな緊張感の中で子育てしていれば、いつのまにか鬼ババと化してしまうのも「そりゃそうだろ」って思っちゃうんだけど、それを客観視するほどの勇気はないわけで(知りたくない)。
だから、この手の本ってあんまり読みたくなかったんですよ。
だって、すでに世間からチクチク言われているのに、なんでわざわざお金だして「お説教」されなきゃなんないの?って、思ってたから。
でも、そっちょくな感想をいえば、予想に反してこの本はお説教くさくなかった。だから最後までぐんぐん読めた。
それは多分、1つ1つの教えが本当に「脱力系」だったから。そして、「まじか。それでいいんだあ」っていうゆるい教えが、じんわりとあとから沁みてくるタイプの本だったんですよね。
たとえば、「子育てに自分を犠牲にしない」というページで推奨されている方法なんかがいい例かも。
「テキトー母さんは、イライラしてたり疲れていたら耳栓とアイマスクを使います」とかね(笑)。
だけど、紐解いていくとたしかにその通りで、子どもをどなりちらして「子どもはシュン」、「あとから自分も反省」なんてしているよりもこの方がずっと生産的なんですよ。「相手を変えるより、自分の状況を変えるほうがてっとり早い!」という結びの言葉には、「たしかに!」と膝を打ちました。
「こうあるべき」を押しつけない育児本だから、長く愛されているんでしょうね。
ダイアモンド社で編集をされている今野良介さんが、日本実業出版社にいたときに出版された育児本です。
ちらほらと4コマ漫画なんかもはさんであるので、活字が苦手な人でもツルツルっと読めてしまう、おすすめの育児書でした。
【黒川精一さんインタビューを実践するためのまとめ】
(企画を考えるまえに、頭に入れておこう!)
・本づくりで大切なのは、「読者がどうなるとうれしいか?」を常に考えること。
・自分がうすうす思っていたことに、あと一人同じことを思っていた人がいたら企画になる。悩みの深さよりも広さ。
・テレビの企画は、今流行っていることに実感が伴ったときにGOサインが出る。
・悩みとそれを解決することに実感が持てる手段があってこそ、実用書。悩みに対して、「それやってみたい!」という手段を提供するもの。
(それでは実践!)
- 企画には2通りしかない
1)その企画で喜んでくれるお客さんが確実にいる企画。
2)もしかしたら喜ぶお客さんがいるんじゃないかな?という期待を込めた企画。
外さない企画とは1のこと。
その際、各ジャンルにどのくらいのお客さんがいるか見当をつけておく
ex)お金、健康、ダイエット、食事、家族、日本語、英語などのメインテーマをさらに細分化する。
お金・・・男性向け金融投資、不動産投資、自己啓発的なし光景、副業、女性向けの節約、貯金、家計簿活用
書店でどの棚に置かれているかも入念にチェックし、なんとなくビジネス書のコーナーに行く人と直線的にテーマを探しに来る人で訴え方を変えること。著者がさだまったら、そのジャンルに何を掛け合わせることができるのかを著者と話しあう必要がある。
「なぜその著者でその企画なのか?」と思わせるような企画は楽しい。
- 著者さんの、肩書き=専門とは考えない。何を語ってもらうと、一番生きるのか?を見ていく。
・プランC(下記参照)をみつけるために、いろいろな常識を著者にぶつけていく。
例えば、「退職してから3000万円必要といわれているけど本当ですか?」など。その返答を裏切ってくれる人が適任。それを一般化するところまでメソッド化するのも編集者の仕事。
プランC、メソッド、仮タイトルがはっきりした段階で、執筆に入る。
③その企画に類書があるかないか?
1)これまで市場にない本
ライバル本に勝つための本なのか、ライバルがいない独自市場をつくる本なのか?を見定める。
2)すでに市場にある本
Pubラインで検索。myメモ・・・難しければ、紀伊国屋webで検索してみる。
各ジャンルにどのくらいのお客さんがいるか見当をつけておく
お金、健康、ダイエット、食事、家族、日本語、英語などのメインテーマをさらに細分化する。
たとえばお金なら・・・男性向け金融投資、不動産投資、自己啓発的なし光景、副業、女性向けの節約、貯金、家計簿活用など
これらは書店でどの棚に置かれているかも入念にチェックし、なんとなくビジネス書のコーナーに行く人と直線的にテーマを探しに来る人で訴え方を変えること。著者がさだまったら、そのジャンルに何を掛け合わせることができるのかを著者と話しあう必要がある。
その際には、「なぜ、その著者でその企画なのか?」と思わせるようなものにするのもあり。
④ダメと思われる企画をいかにして魅力的な企画にするか?
1)商品を変える
・以外なものと組み合わせてみる
例)サンドイッチを何段にするか?では新鮮味がない。なので、青空✖サンドイッチ、寝る前✖サンドイッチ、おせち✖サンドイッチ、暴力✖サンドイッチ、長寿✖サンドイッチなどと組み合わせ。
・「みんながうすうすわかっていること+ちょっと新鮮」を実践してみる。
例)みんなはうすす「指を動かすとぼけない」ことは知っている。そういう信頼感のある知識に新鮮さをプラスし、「指→親指」に。すると、読者は「親指が大事だったんだ!」という新鮮な反応をしてくれる。
2)お客さんを変える
・別のくくりにしてみる
例)サンドイッチは「時間がないときに食べる」ことが多いから、時間の使い方に関心のあるビジネスマン向けに作るか?→「多忙な一流ビジネスパーソンのための 片手で食べられる食べ物」という企画。もしくは、簡単につくれるから中高年向けの「健康志向サンドイッチ」など。
その際にも、置かれる棚を意識してそれまでサンドイッチに興味のなかったお客さんに向けてアプローチする。
⑤カバー・タイトルについて
・入れる要素は、「目的・手段・社会的シグナル、評判、距離、アイコン」。
目的・・・「どうなれるとうれしいか?」という、いわば悩みに対する読者とのお約束。タイトルに入れる。長いタイトルはどこか一部分だけをすごく強調するようなデザインにすると、読者は「自分ごと」だと思ってくれる。
手段・・・目的をどんな「手段」でかなえるか?解決法やノウハウなど。パッとみただけで「やってみたい!」と思ってもらえるかどうか。できるだけ具体的に
「加熱→長時間加熱」、「プログラム→4週間プログラム」といった具合に。逆に、あえて手段はふせておくこともある。
社会的シグナル・・・所属意識やアイデンティティ。たとえば、「一流の教育を受けさせたい親」か、「自主性を尊重したい親」かによってカバーデザインを変える。読者が「自分はこの世界に行きたい」「これらの仲間入りをしたい」とおもってもらえるかどうかがキモ。
評判・・・10万部突破!全米ベストセラー!といった推薦文やレビューなどによって、手に取ることを後押ししていく。買っても損をしないし、ステイタスも傷つかないということを伝える。「安心感」。
距離・・・この本が「これならてがとどきそう」「ちょっと背伸びすればできそう」ということを提示する。要は、挑戦欲を刺激する。狙い所をさだめておくのがキモ。
「それは無理だ」と思われない内容になるよう、著者さんと話し合う。読者がうれしい内容になるように。
シンボル・・・「あの赤い本ね」「あの外人の子供の本ね」と言われるような、記憶で結びつくビジュアルのようなもの。類似本が他社から出ても、陳腐化できるというメリットがある。写真じゃなくても、文字でもOK
。
以上は企画の段階でも必要なので、企画段階からカバーデザインを考える。
「タイトル」
・目的=タイトルになることが多い。その際には、たとえば「腰痛が治る」なら「いつもじんわり思い腰痛がウソのように消える」としたほうが、「それ、私!
」とおもってもらいやすい。一歩踏み込むこと。
⑤原稿について
読者に関係ないことを、削る。「20代に向けて、将来のお金の不安を取り払う本」という方向性なら、どんなに一般論であっても、退職金の使い道については削る。もしくは初任給の使い方に書き直す。読み手が内容に引き込まれていくには「自分に関係してる内容かどうか」が大きなポイント。
全体を3つのブロックに分ける。
はじめに・・・なぜ自分がこれについて話すのかを書く自己紹介。著者がやってきたことの結果や信頼性。
1ブロック目(第1章)・・・盛り上がりと、その本をなぜ作ったかという大元になるような「問い」を入れる。その際、導入には別の話(例としてプロフェッショナルの蟻や、親指の労災など)を入れるのも一つの手。
2ブロック目(第2〜5章)・・・「問い(親の問いを解決する子の役割)」の解決法と、なぜそうするのか理由を書く。今日から実践したくなるような解決法を書く。
3ブロック目(それ以降)・・・盛り上げと結論、新しい問い。
あとがき・・・なぜ自分はこれにこだわってきたか?を書くなど、すごく個人的なことを書く。なぜ、これを始めたかという「原因」を書いて人間性に踏み込む。
「問い」で大切なことは、前提とする悩みに共感があるかどうか?しみじみとする問いであって、結論ありきの「売るための問い」ではないことが重要。ここでは、「自分に都合のいい問い」ではないかをチェック。
問いが整理できたら、解決法を明確にする。科学的エビデンス、生徒さんの体験など。その上で最後に、「これまでの解決法方をやってみると、あらたにこういう問題が発生しまうよね」とネタ振りして、次の章につなげていく。
改行で読むスピードを調整する。テンポよく読み進めて欲しいところは、改行を増やす。逆にスローペースにしてほしいところは改行の回数を少し減らす。そして、結論は必ず次のページに引っ張る。
これらが、きちんと役割を果たせているかどうか、足りないとすれば何を付け加えるべきか、読者の感情をグラフにする。
⑥PRについて
本をテレビで特集してもらうために、自分が出したいコーナーの構成要素を企画段階から書き出す。
そして、「なぜ、それを取り上げるのか?」という証拠、山積みの本、行列、生徒が絶賛する客観的な絵を示す。苦しいや痛い、はむしろテレビ的スパイスになる。
【チェックポイント】
・書籍を作っている間に気をつけるべきこと・・・原稿とカバーデザインで読者がぶれないこと。
・人は、小さな妥協をしながら買い物をしている。たとえば、「料理がうまくならない」という悩みがあったときに「きちんと料理」と「ぱぱっと料理」があればどちらかを選ぶけれど、そこには小さな妥協がある。だったら、そこにC案「短時間だからこそ、すごくおいしい」という企画を出す。いわば、プランCとは読者の「うれしい」。正確には、「正しくて、うれしい」。
「『書く力』と『読む力』は、車の両輪である」と言っていたのは、だれだったろう。
「読む力」がついてくると、それまでの自分の文章なんて笑えるほど陳腐。「これではまずい!」と、足掻いて、書いて、書いて、書いて、なんとか「書く力」が見合ってきたような気がした頃には、また「読む力」もついて、だからやっぱり陳腐で。
悲しいのは、いくら本人が「うまくなった!」と思っていたって、他人から見ればさして以前と大差がないこと。
憧れのライターさんとの距離なんて、まったく縮まるような気がしない。
原田マハさんの作品を初めて読みました。
彼女の視点は、とてもあったかで
ご本人の人柄がすてきなのだろうと、想像します。
だけど作品としては、少し物足りなさが残りました。
むずかしいね。小説。
林真理子さんの、『私のこと、好きだった?』(光文社文庫)読了。
最近の林真理子さんの書籍は、
『過剰な二人』(講談社)や『野心のすすめ』(講談社新書)などの、小説以外のものばかり読んでいたので、フィクションは久しぶり。
「エッセイは嘘をつけるけど、小説は嘘をつけない」というのは、林さんの名言だと思う。
一見、エッセイこそ自分のことを書くわけだから嘘がつけないように思えるんだけど、
たとえば、一つの出来事でも芸人さんであれば、ものすごくじょうずに脚色して面白おかしい出来事に昇華することができる。つまり自分に起こった出来事って、いくらでも意図的に与える印象を変えることができてしまう。
対して小説のように、長くて、さまざまな視点から一つの出来事を切り取るような文章の場合には、嘘がつけない。その視点は、自分の範疇を超えられないからだ。
そして、小説というのは、読者に新たな「視点」を提供するツールなんだと思う。
『私のこと、好きだった?』は、
テレビなどでも活躍されている林真理子さんが書くにふさわしい舞台だったと思う。
というのも、それが華やかな「女子アナの世界」だから。
女子アナほど、女にとって、年齢が武器にも足かせにもなる職業は他にない。
本書の主人公は、アラフォーの独身女子アナ。
技術は若い頃よりもずっと向上しているのに、管理職となって今は第一線を退いている。だけど、世間が納得するような「有名医師」と結婚した途端に、それまでとはうってかわって、「アラフォー希望の星」としてメディアで脚光を浴びる、というこの違和感。露骨すぎるけれど、真実。
これだけきくと、なんだか悲壮感たっぷりのドMな小説を想像するんだけれど、
そこは、林真理子さんの視点。
寂しい女がはまりそうなドツボを前に、しっかりと足を踏ん張って引きずり込まれないポジティブさは、あっぱれ。そうそう、女ってきちんと現実主義なんですよ。
改めて、テーマの選びかた、上手だよなあ。と。「女子アナの世界の裏側」なんて、まさにゴシップ誌同様。誰もが知りたいと前のめりになるテーマですよ。
だけどそれをきちんと文学として成立させる筆力はさすが。
ぐいぐいと引き込まれました。
こんな力のある作品が、普通に並んでいる小説の世界。やっぱ、すごいなあ。
「細雪」読了。
あれー?こんなストーリーだったっけ?
「吾輩は猫である」と並ぶ、たんたんとしたストーリー。
谷崎の偏愛を期待して手にした身としては、不足感がつのりますが
文章はさすがに秀逸。
だけど、「ナオミ」の方が好き。
「二人のロッテ」、読了。
本当は、「飛ぶ教室」から読みはじめたのだけど
私は断然、「二人のロッテ」派。
両親の離婚で生き別れた双子が、偶然、サマースクールで再会する。
二人は入れ替わって、お互いの自宅に帰る。そんなことにはさっぱり気づかない両親を、ふたたびくっつけようと画策するという、おしゃまなストーリー。
児童文学としては、実はけっこうヘビーな内容なんだけど
こういう女子的な大人の翻弄の仕方、好きです。
ケストナーの作品は、無駄のないシンプルな言葉で綴られているのに、キャラクターがわかりやすくデフォルメされているので、生き生きとしている。
今読んでも、ハラハラドキドキしてしまった。
たまに、天の声みたいなのが入るのだけが慣れないのだけど、
きっと、子どもって、真剣に何かをしている最中もちょくちょく大人から口をはさまれることに慣れているので、
意外と普通に読めちゃうんじゃないかと思った。
ライターという仕事柄、たくさんの本を読む機会があるのだけど、
実は、私、かつては「読書」がめちゃくちゃ苦手でした。
小学生時代には親から「本を読みなさい!」って叱られて余計に嫌いになったし、
「どうしてこの面白さがわからないのかね」と言われたところで、自分でもぜんぜんわからないわけで、
まさに、「読書アレルギー」を患っていたわけです。
でも、当時だってそれこそ漫画だけは爆買いして読んでいたし、それに、なぜか読書感想文なんかを「書く」のはけっこう好きだったりして。ほんと、「なんで、読むのだけがこんなにだめなの??」って、これ、一つの謎だったんですよ。
そうしたら、先日実家に帰省したときに、すっかり「本の虫」となっている私の姿を見た母が、
「あんたって、本当は本が好きな子だったんだね。私、あんたたちが小さい頃、いつもいつも年の離れたお姉ちゃんに合わせた絵本ばかり読んでいたから、それで、もしかすると本嫌いにさせちゃったのかもね」
と、言うではありませんか。
母曰く、幼い頃の私は、姉の読み聞かせの最中にいつも、「静かにしなさい!」と叱られていたそうな。なんだか、かわいそうだな。わたし。
だけど、原因がわかってよかったよ。
お母さん、私は、4つちがいの娘たちに平等に本を読んであげようとおもうよ。
教えてくれて、さんきう。
そして、別にいくつになっても挽回することはできるから、
そんなに気にしないでね。って。気にしないだろうけどさ。
赤ちゃんの持つパワーにはすさまじいものがあると感じている。
快不快を表現するだけで周囲の大人をオロオロとさせる、そのパワー。
だけれども、二人目ともなると上の娘との時間を優先させるべきときもあって、なかなかすべての要求に応えられるわけではない。
そうして、ギャン泣きする赤ちゃんの声をバックミュージックに上の娘と湯船につかりながら、ふと、「赤ちゃんの要求ってなんなんだろう?」と考えた。
赤ちゃんの愛らしい目鼻立ちは、大人に愛されるためのものだとどこかで聞いたことがある。赤ちゃんの「人の機嫌などを見抜く力」は大人以上で、それもまた、弱きものが生き抜くための才能だとも。
だけれどもなんだかそれでは、まるで赤ちゃんが大人に愛されるためだけに生きているかのようで、どうも腑に落ちない。
そういうのって、大人のための育児に都合のよい解釈のような気がして好きになれない。
赤ちゃんってもっと、ポジティブな存在でしょ。
思うに、赤ちゃんの「要求が通る」という経験は、人として初めての「成功体験」を得るためのものではないかと思う。いわずもがな成功体験は自己肯定感には欠かせないもので、成長の礎となって、その後の心の発育から余計なものを排除してくれる重要な要素だと思う。
そして、自己肯定感によって自ら愛される存在であることを確信している人を、周囲はむげにはできない。たぶん、ここ重要。
赤ちゃんの妙に納得させられるパワーの源って、ここにあるような気がする。
大人ってきっと、そのパワーを減退させないために存在しているんだよね。つまり、付加価値的な存在でしかなくって、重要ではあるけれど主役ではないわけで。
そう考えると、むむむ。生まれてから半年くらいまでの育児には、その後では挽回のきかない何かがあるような気がしてくる。
すごいな赤ちゃん、深いね育児。