Author Archive

読む力

3月
2017
15

posted by on ブログ

「『書く力』と『読む力』は、車の両輪である」と言っていたのは、だれだったろう。

「読む力」がついてくると、それまでの自分の文章なんて笑えるほど陳腐。「これではまずい!」と、足掻いて、書いて、書いて、書いて、なんとか「書く力」が見合ってきたような気がした頃には、また「読む力」もついて、だからやっぱり陳腐で。

悲しいのは、いくら本人が「うまくなった!」と思っていたって、他人から見ればさして以前と大差がないこと。

憧れのライターさんとの距離なんて、まったく縮まるような気がしない。

旅屋おかえり

3月
2017
14

posted by on 読んだ本と映画とか

[amazonjs asin=”4087452255″ locale=”JP” title=”旅屋おかえり (集英社文庫)”]

原田マハさんの作品を初めて読みました。

彼女の視点は、とてもあったかで
ご本人の人柄がすてきなのだろうと、想像します。

だけど作品としては、少し物足りなさが残りました。

むずかしいね。小説。

posted by on 読んだ本と映画とか

[amazonjs asin=”4334765009″ locale=”JP” title=”私のこと、好きだった? (光文社文庫)”]

林真理子さんの、『私のこと、好きだった?』(光文社文庫)読了。

最近の林真理子さんの書籍は、
『過剰な二人』(講談社)や『野心のすすめ』(講談社新書)などの、小説以外のものばかり読んでいたので、フィクションは久しぶり。

「エッセイは嘘をつけるけど、小説は嘘をつけない」というのは、林さんの名言だと思う。
一見、エッセイこそ自分のことを書くわけだから嘘がつけないように思えるんだけど、
たとえば、一つの出来事でも芸人さんであれば、ものすごくじょうずに脚色して面白おかしい出来事に昇華することができる。つまり自分に起こった出来事って、いくらでも意図的に与える印象を変えることができてしまう。

対して小説のように、長くて、さまざまな視点から一つの出来事を切り取るような文章の場合には、嘘がつけない。その視点は、自分の範疇を超えられないからだ。
そして、小説というのは、読者に新たな「視点」を提供するツールなんだと思う。

『私のこと、好きだった?』は、
テレビなどでも活躍されている林真理子さんが書くにふさわしい舞台だったと思う。
というのも、それが華やかな「女子アナの世界」だから。

女子アナほど、女にとって、年齢が武器にも足かせにもなる職業は他にない。

本書の主人公は、アラフォーの独身女子アナ。
技術は若い頃よりもずっと向上しているのに、管理職となって今は第一線を退いている。だけど、世間が納得するような「有名医師」と結婚した途端に、それまでとはうってかわって、「アラフォー希望の星」としてメディアで脚光を浴びる、というこの違和感。露骨すぎるけれど、真実。

これだけきくと、なんだか悲壮感たっぷりのドMな小説を想像するんだけれど、
そこは、林真理子さんの視点。
寂しい女がはまりそうなドツボを前に、しっかりと足を踏ん張って引きずり込まれないポジティブさは、あっぱれ。そうそう、女ってきちんと現実主義なんですよ。

改めて、テーマの選びかた、上手だよなあ。と。「女子アナの世界の裏側」なんて、まさにゴシップ誌同様。誰もが知りたいと前のめりになるテーマですよ。

だけどそれをきちんと文学として成立させる筆力はさすが。
ぐいぐいと引き込まれました。
こんな力のある作品が、普通に並んでいる小説の世界。やっぱ、すごいなあ。

細雪

3月
2017
10

posted by on 読んだ本と映画とか

[amazonjs asin=”4101005125″ locale=”JP” title=”細雪 (上) (新潮文庫)”]

「細雪」読了。

あれー?こんなストーリーだったっけ?

「吾輩は猫である」と並ぶ、たんたんとしたストーリー。
谷崎の偏愛を期待して手にした身としては、不足感がつのりますが
文章はさすがに秀逸。

だけど、「ナオミ」の方が好き。

posted by on 読んだ本と映画とか

[amazonjs asin=”4001141388″ locale=”JP” title=”ふたりのロッテ (岩波少年文庫)”]

[amazonjs asin=”4001141418″ locale=”JP” title=”飛ぶ教室 (岩波少年文庫)”]

 

「二人のロッテ」、読了。

 

本当は、「飛ぶ教室」から読みはじめたのだけど
私は断然、「二人のロッテ」派。

両親の離婚で生き別れた双子が、偶然、サマースクールで再会する。
二人は入れ替わって、お互いの自宅に帰る。そんなことにはさっぱり気づかない両親を、ふたたびくっつけようと画策するという、おしゃまなストーリー。

児童文学としては、実はけっこうヘビーな内容なんだけど
こういう女子的な大人の翻弄の仕方、好きです。

ケストナーの作品は、無駄のないシンプルな言葉で綴られているのに、キャラクターがわかりやすくデフォルメされているので、生き生きとしている。
今読んでも、ハラハラドキドキしてしまった。

 

たまに、天の声みたいなのが入るのだけが慣れないのだけど、
きっと、子どもって、真剣に何かをしている最中もちょくちょく大人から口をはさまれることに慣れているので、
意外と普通に読めちゃうんじゃないかと思った。

 

読む力

3月
2017
07

posted by on ブログ

ライターという仕事柄、たくさんの本を読む機会があるのだけど、
実は、私、かつては「読書」がめちゃくちゃ苦手でした。

小学生時代には親から「本を読みなさい!」って叱られて余計に嫌いになったし、
「どうしてこの面白さがわからないのかね」と言われたところで、自分でもぜんぜんわからないわけで、

まさに、「読書アレルギー」を患っていたわけです。

 

でも、当時だってそれこそ漫画だけは爆買いして読んでいたし、それに、なぜか読書感想文なんかを「書く」のはけっこう好きだったりして。ほんと、「なんで、読むのだけがこんなにだめなの??」って、これ、一つの謎だったんですよ。

 

そうしたら、先日実家に帰省したときに、すっかり「本の虫」となっている私の姿を見た母が、

「あんたって、本当は本が好きな子だったんだね。私、あんたたちが小さい頃、いつもいつも年の離れたお姉ちゃんに合わせた絵本ばかり読んでいたから、それで、もしかすると本嫌いにさせちゃったのかもね」

と、言うではありませんか。

 

母曰く、幼い頃の私は、姉の読み聞かせの最中にいつも、「静かにしなさい!」と叱られていたそうな。なんだか、かわいそうだな。わたし。

 

だけど、原因がわかってよかったよ。
お母さん、私は、4つちがいの娘たちに平等に本を読んであげようとおもうよ。

 

教えてくれて、さんきう。

 

そして、別にいくつになっても挽回することはできるから、
そんなに気にしないでね。って。気にしないだろうけどさ。

 

 

 

 

 

posted by on 読んだ本と映画とか

[amazonjs asin=”4534054718″ locale=”JP” title=”1年で話せた人が絶対やらない英語勉強法”]

『1年で話せた人が絶対やらない英語勉強法』(水野稚 著、日本実業出版社)を読了。
 
 
「上阪徹のブックライター塾」で同期だった、ライターの梅田梓さんが構成とイラストを担当された書籍です。
 
私は、力強いのに人への配慮にあふれたの彼女の文章のファンなので、即購入。
目下英語を勉強中ではあるものの、隙間時間を見つけて単語を暗記するだけで精一杯という中、「おおお!そうだったのか」と、これまで英語にかかっていたバイアスがとり払われました。
 
中でもためになったと感じているのは、
 
・バイリンガル漫画を活用しよう
・ネイティブに学ぶのがいいとは限らない
・日本にいても充分英語は上達する
 
という章。
 
バイリンガル漫画の存在は知っていたものの「勉強ツール」としての活用は頭になかったのですが、「時制を学ぶならこの漫画」「この漫画が読めるようになったら、この映画は字幕なしで見られる」といった具合に、漫画の選び方や読了後の到達点まで教えてもらって、すぐに実践できるのがうれしい。
 
また、「ネイティブ信仰」には何の根拠もなかったことがわかって余計なお金をつぎ込まずに済んだし、
日本にいながらにして英語を学んだという著者さんだけに、自分の会話力を試すために「外国人向けのハトバスツアーに参加した」というエピソードには、「どこにいたってやる気次第なんだな」と、他力本願ではない学びの深め方を学んだように思います。
 
おかげで、修行のように猛烈に暗記することだけにとらわれていた学習法から解放され、わくわくと楽しみながら学んでいくことができそう。
 
私のように、「英語の上達を掲げてはみたものの、いざ始めると到達点は靄の中」という人にはぴったりだと思います。
英語の勉強をはじめるなら、ぜひ一読したい書籍です。

posted by on ブログ

赤ちゃんの持つパワーにはすさまじいものがあると感じている。

快不快を表現するだけで周囲の大人をオロオロとさせる、そのパワー。
だけれども、二人目ともなると上の娘との時間を優先させるべきときもあって、なかなかすべての要求に応えられるわけではない。

そうして、ギャン泣きする赤ちゃんの声をバックミュージックに上の娘と湯船につかりながら、ふと、「赤ちゃんの要求ってなんなんだろう?」と考えた。

 

赤ちゃんの愛らしい目鼻立ちは、大人に愛されるためのものだとどこかで聞いたことがある。赤ちゃんの「人の機嫌などを見抜く力」は大人以上で、それもまた、弱きものが生き抜くための才能だとも。

だけれどもなんだかそれでは、まるで赤ちゃんが大人に愛されるためだけに生きているかのようで、どうも腑に落ちない。
そういうのって、大人のための育児に都合のよい解釈のような気がして好きになれない。

赤ちゃんってもっと、ポジティブな存在でしょ。

 

思うに、赤ちゃんの「要求が通る」という経験は、人として初めての「成功体験」を得るためのものではないかと思う。いわずもがな成功体験は自己肯定感には欠かせないもので、成長の礎となって、その後の心の発育から余計なものを排除してくれる重要な要素だと思う。

そして、自己肯定感によって自ら愛される存在であることを確信している人を、周囲はむげにはできない。たぶん、ここ重要。
赤ちゃんの妙に納得させられるパワーの源って、ここにあるような気がする。
大人ってきっと、そのパワーを減退させないために存在しているんだよね。つまり、付加価値的な存在でしかなくって、重要ではあるけれど主役ではないわけで。

 

そう考えると、むむむ。生まれてから半年くらいまでの育児には、その後では挽回のきかない何かがあるような気がしてくる。

 

すごいな赤ちゃん、深いね育児。

 

 

 

 

わがしごと

3月
2017
02

posted by on 読んだ本と映画とか

[amazonjs asin=”499083352X” locale=”JP” title=”わがしごと”]

私は昔、五反田と蒲田・溝の口をつなぐ東急池上線の「旗の台」という
駅の近くに住んでいました。

すぐ隣の駅は「長原」といって
この書籍の著者であり、今あらゆるメディアに登場し注目を浴びる2人組の和菓子ユニット、wagashi asobiさんのお店がある駅でした。(現在は2人組ではなく、4人に増えているそうです)

ある日、私がぶらりと長原商店街を散歩していると、
少し奥まった白い古民家の前に、みたことのないおしゃれな看板が出ていました。
そこには小さな文字で、「wagashi asobi」とかいてありました。

お店の前には、たまたま白い服を着た女性が立っていて
それが「wagashi asobi」の職人の一人、浅野理生さんでした。

なんとなく話しかけられてお話をさせていただくうちに、
浅野さんと私はともに北海道の、
札幌でも旭川でも小樽でも函館でもなく、道民でさえも「それってどこ?」と首をかしげるような、小さな田舎町の出身であることがわかりました。

 

東京に来て、これまで同郷の出身者に出会ったのはこのときが初めて。
それもあって、理生さんには勝手にシンパシーを感じてしまいました。
その後も、お二人が参加されるイベントにちょくちょくお邪魔させてもらうようになったのです。

 

本文の中には、「東日本大震災のあった年に、wagashi asobiはオープンしました」とあり、理生さんと会ったのが、本当にお店がオープンして間もない頃だったのだとはじめて知りました。

 

本書には、wagashi asobiさんが誕生するに至った経緯や、なぜここまで人に愛される和菓子屋として成長できたのか? が、彼らの仕事論を通してたっぷりと語れています。
しかもそれが、読み手に心地良い密度で遊び心たっぷりに表現されているから、手を止めずに一気に読んでしまいます。

それもこれも、一行が負担のない文字数でレイアウトされていて読み手に親切なこと、wagashi asobiのもう一人の職人である稲葉基大さんが、言葉asobiの達人で、その感性をあますところなく散りばめてくれいたからだと思います。

彼らの「言葉」の感覚は、ライターとしてみならうべき部分がたくさんありました。

 

 

そして、この本を読んでもっとも印象に残っているのが
P72の「必然性」についてのお話です。

wagashi asobiさんの作る和菓子は、しばしば「斬新で新しい和菓子」としてメディアなどで紹介されています。でもそれは、狙って作っているわけではないのだそうです。
テーマを与えられて作った和菓子がたまたま商品となったのであったり、できるだけ自然に近い原材料にこだわった結果だったりと、そこには彼らなりの「必然性」があったのですね。
地元密着で、たった2つの和菓子で勝負をしているのだって、クォリティを保つにはそうするしかなかったという「必然性」を感じてのことなのだそうです。

(本書抜粋)
必然性を意識することで、やるべきことが見えてきます。
必然性を意識することで、やるべきではないことが見えてきます。
必然性を意識することで、より効率的に目的に達成することにつながります。
必然性を意識することで、欲張りにならず世の中と調和することができます。

1年半前、私はライターとして、この「必然性」に悩んでいました。
あるライターさんからお仕事の依頼を受け、当時はとにかくどんな仕事でもしてみたくて、一も二もなく「やりたい!」と手を挙げたところ、

「あなたは、自分がこの仕事をやることに必然性があると思って手を挙げているの?」とその人から問われたのです。

はじめはピンときませんでした。「やりたいだけじゃだめなの?」って。
その後はなんとなくわかったような気になっていたのですが、この本を読み、彼女の言っていたことの真意が、私の中でストンと腑に落ちたように思います。

 

それだけでも、この本を読んでよかった。

 

理生さんとは、その後もふしぎなご縁が続き、私たちはほとんど同時期に女の子を出産しました。

だけど、子育てをするため旗の台を引っ越してからは、ずいぶん会っていないなあ。
久しぶりに、なんだかとても会いたくなってしまいました。

備忘録

2月
2017
28

posted by on ブログ

大多数の両親が知りたいのは、
普通の人の、普通の育児なんじゃないだろうか?

ちょっとした、こんなときにどうする?ということを
専門家や超絶できるママにきいたところで、解決なんてするわけがない。
地頭のレベルがちがう親から生まれた子供と同じ英才教育を子供にさせて、どうなるというんだろうか?

 

昔、あるベビーサロンで

「お子さんに、どんなふうに育ってもらいたいですか?」

と保育士に聞かれたことがある。

 

大多数のママは、「健康でやさしい子になってほしい」と言っていたのだけれど、
あるママが

「人を魅了するような人に育って欲しい」

と言っていたのが忘れられない。

 

その背中、見せて育てるの大変だぜ。とおもった。