Author Archive

posted by on ブログ

腐った言葉の中では、腐った言葉が育つ。

いわば、家庭は土壌だから。
言葉の土壌、情緒の土壌、健康の土壌、

どんなにきれいな美しい言葉を吐き出してみても
赤ちゃんの目には、耳には敵わない。

人の感情をキャッチする能力は、
赤ちゃんの方が大人よりもずっと高いそうな。

生きる知恵。こわいくらいの感性。

 

 

posted by on 読んだ本と映画とか

文章がうまくなりたい。ことばを、肌感覚であやつれるようになりたい。

ダイレクトに、人の心に届くような言葉を綴りたい。

この気持ちは、あれに似ている。

「海外旅行に行きたい」と、パスポートを手にしていながらどこの国へも行けないフラストレーション。

行きたいのは、ことばの国。

仕事復帰

2月
2017
24

posted by on 読んだ本と映画とか

本日から、徐々に仕事に復帰しています。

まだまだ、赤ちゃんが眠っている間の作業でそこまではかどらないのですが、仕事ができるのは、うれしい。

今年は、もう少しいろいろなバリエーションの文章が書けるようになりたい。
「これらすべての文章を、たった一人のライターさんが書いたのですか!?」と、言われるような。

そのためにも、模写、模写、模写。

基本にたちかえって、謙虚にライティングさせていただきます。

 

posted by on ブログ

確定申告の時期がやってきました。

今年は、MFクラウドを活用しはじめたんだけれど
正直、使い勝手がいいのかわるいのか判断がつかない。

 
日常的な記帳だけなら十分満足なんだけどね。

 
確定申告のために仕入れを月ごとに書き出したいのだけど
家事按分をつかうと、正確な数字がでないので申告書に記帳するためだけに
もういちど計算し直しだなんて。。

 

わかる人にしかわからないぼやき。。

でした。

 

 

posted by on ブログ


またまた日経DUALですが、こんな記事がアップされていました。

「保活が大変!」という記事は多々あるけれど、ここまで真に迫ってくる記事は初めてかもなあ、と。書き手のくやしさや苦しさがぐるぐるととぐろを巻いているかのような力のこもった文章。
最後の、

欲しい福祉サービスや助成金などは多々あるが、願って止まないのは、日本が「子どもが社会に歓迎されている」と感じられる国になること。

 

ということばには、100回頷きました!

 

妊娠中も産後も、電車の優先席に座るようになって初めて見えてくる世界がある。
そして残念ながら、私が母親になって一番増えた口癖は「すみません」と「ごめんなさい」でした。

そして、こうした言葉ばかり口にしていると心はどう変化していくかというと、
「私が産み、育てているものは一体なんなんだろう?」と、我が子のかわいらしさにネガティブなフィルターがかかっていくんです。

 

「そんな、おおげさな」って思われるかもしれません。

 

だけど世間の母親なんて、誰しも1年生。まるで自信のないところから育児をスタートさせているわけです。
なのに、夫の帰りは遅くてあてにならない。育児を一緒にしているわけではないから、孤独な気持ちや大変さの本当のところは理解してもらえない。経験者であるはずの自分の母親には、「私たちの頃は・・・」と武勇伝を語られるだけ。
狭いマンションの中、近所迷惑にならないようにとひっそりと子どもと二人きりで過ごしている母親が気晴らしをしようと電車で外出したら、あちこちからきこえてくる「(ベビーカー)邪魔なんだよ」といわんばかりの舌打ち。

こんな社会ではとても、子育てをしている自分を誇らしく感じられるはずがないんです。
それに加えて、もしこの記事の筆者のような「保活」での苦悩、いざ入園した保育園での信じられない光景を目の当たりにしたら?

人によっては、「子どもを育てることは悪いことなんだ」という気持ちが湧き上がってくるのだって、ちっとも不思議ではありません。
私が筆者だったとしたら、とっくに働くことを諦めていたでしょう。

 

長女が2歳のとき、結婚式があって私は姉と3人でグアムに行きました。
グアムは南国特有のゆったりとした時間が流れていて、そして子どもがそこにいるということが、とても自然な国だった。

結婚式の会場では、私は食事のサーブをしている女性から声をかけられて、
「あの従業員が、どうしてもこの子(娘)にフルーツ盛りをあげたいというのだけれどあげてもいいですか?」と聞かれました。
わけがわかりませんでした。「どうしてそんなことしてくれるの?」って不思議な気持ちになったんです。

だけど、その人は単に子どもがかわいいからそうしたいと思ってくれただけなんですよね。私はそのとき、こんなふうに皆からかわいいと思ってもらえる子どもを育てていることが、誇らしかった。

 

残念だけど、東京にいてそんな気持ちになれたことはありません。

もちろん、いつもいつも嫌なおもいばかりしているわけではなく、東京にだってフレンドリーに話しかけてくれるおばさんや席をゆずってくれるサラリーマンもいます。本当にそれはありがたいことです。

だけどその一方で、「妊娠中は嫌がらせを受けないために妊婦マークは隠していた」という妊婦は、めちゃくちゃ多い。子どもと一緒に電車に乗っていて、とても子どもには聞かせられないような言葉をかけられたことのある人だって、本当に多いんです。

私は昔の日本を知らないから、今がどうとかっていうことはわかりません。
だけど、子どもを産み育てることが昔よりもメジャーでなくなってきている昨今、子育てへの理解者が今以上に増えていく可能性はそこまでないと思うんです。

だから、「社会に歓迎されたい」とまでは言いません。だけどせめて、「子どもがいることが自然な社会」ではあってほしいな、とは願っています。

絶唱

2月
2017
20

posted by on 読んだ本と映画とか

[amazonjs asin=”4103329130″ locale=”JP” title=”絶唱”]

湊かなえさんの「絶唱」を読了。

手にしたきっかけは、何かのテレビ番組で湊さんがトンガをおとずれていて、
そこで過ごしたボランティアの日々を回想しながら、この書籍に込めた思いをあつく語っている姿が印象的だったから。

正直、他著書にくらべて「おもしろいか?」ときかれたら、
この本ではなく「白雪姫殺人事件」や「母性」をおすすめします。

なにがいまいちだったかというと、たぶん「トンガ」という特異な場所が舞台となっているので
その説明を、どれだけどのようにすべきかということに著者の意識のおおくが向けられていて、彼女の得意とする「日常の違和感」にたどり着くまでに時間がかかったから。

それと、あとはやはり「思い入れ」が強すぎたからではないでしょうか。

人に読まれる文章って、最低でも2つの視点が必要なんです。
ある出来事に対して「自分が」ダイレクトに感じる視点と、全体を俯瞰してみるべき「読者の視点」。

だけどこの本は、後者が圧倒的に足りなかった。

湊さんは、阪神淡路大震災の被災者なんですよね。でも、それをネタにして本を書くことはしたくない、被災体験をお金に換えるようなことはすべきではない、とずっと思ってきた。
それは、震災で友人を亡くしたことはもとより、同じ被災者の間に生まれる「被災格差」のようなものに起因していて、
湊さんは、「助けに行こうと思えば行けた友人を助けに行かなかった自分」を、ずっとうしろめたい存在として抱えていたから。
そんな湊さんを変えてくれたのがトンガで出会った人々や宗教観で、本書はトンガ時代の知り合いから、「そろそろ書いてもいいのでは?」と勧められたのがきっかけで筆をとったそうです。
だけど客観的になるにはもう少し時間が必要だったのかもしれない。

湊かなえさんと並列で語るのは大変恐縮なのですが
私も、インタビューでいい話、共感する話をきいたときには、それを客観的文章として昇華させることにとても苦労します。

だけど、それはある意味、言葉と自分の距離感がそれだけ近いからなのかもしないですよね。

本書で印象に残っているのは、大学時代を「バイキング」になぞらえていたこと。

高校までの学生時代、そして社会人とちがって大学時代が楽しいのは、嫌いな人たちと深く関わる必要のない「バイキング」のような時間だから。

と書かれていて、激しく同意。

 

posted by on 読んだ本と映画とか

 

2016年8月に劇場公開された、映画「ハートビート」。
昨夜DVDを観たんだけれど、そうとうきていました!

 

こんなにも視覚と聴覚といった感覚器をダイレクトに揺さぶられる映画は久しぶり。

 

正直、ストーリー自体はベタな青春サクセスストーリーなんです。
凝った伏線がはられているわけでもなく、悪役はその底意地の悪さを包み隠すことなく悪役に徹し、主人公とその相手役は美しい善人面、という。
日本に昔からある青春漫画を彷彿とさせる設定。

 

だけどこの映画のすごいところは、
「バレエ×ヒップホップ×バイオリンのコラボレーションは必見!」と謳われているとおり、ダンスバトルやバイオリンバトルが随所に散りばめられていて、
しかもそれがその道のプロばかりを厳選したキャスティングによる本物のエンターテインメントだから、画面からはプロが人生をかけて積み重ねてきた汗や膨大な時間を感じることができるんです。
それは、キャストの筋肉や四肢や呼吸や血流のすべてが、何にも変えがたいリアリティとして画面に緊張感を生み出しているからなんですよね。

 

「シカゴ」などのすばらしいミュージカル映画があるように、「ダンス&音楽バトル映画」という新たなジャンルが確立したような感じ。
ダンスやバイオリンの演奏の盛り込まれ方も、違和感なく自然。

だけど、見せてくれるんですよ。「映画」ではなく「舞台」を。だからこその臨場感と鑑賞後の余韻がはんぱない。

 

ちょっと、この映画を観ないのはもったいない!
「話題の」に引っ張られるのではなく、こういう隠れた名作にもっともっと出会っていくことを怠けてはだめだなあ。それだけだと世間のニーズはつかめても、自分のニーズは掴めないからなあ、と。

ハウツーメソッドみたいな人生にならぬよう、しっかりと目を見開いていこう。

いつも旅のなか

2月
2017
16

posted by on 読んだ本と映画とか

[amazonjs asin=”4043726066″ locale=”JP” title=”いつも旅のなか (角川文庫)”]

 

角田光代さんの言葉は、なにがこんなにも強いのかなあ。

ひょうひょうとした人柄からは想像もつかない、少し男性的な文体と
彼女ならでは視点で切り取られた世界の、生々しさとやさしさ。

魅力的な人とそこから放たれる言葉はつながっている。

言葉は年を追うごとに血肉化されていくというようなことはいつか書いたけれど、
彼女の文章を前にすると、正座したくなる。
そういう意味においての、お手本のような文章。

さて、私は私のやるべきことをやるか。

今日はおしまい。

posted by on 読んだ本と映画とか

[amazonjs asin=”4767814219″ locale=”JP” title=”記憶に自信のなかった私が世界記憶力選手権で8回優勝した最強のテクニック”]

 

「ぼくは勉強ができない」という山田詠美さんの書籍があるけど、
タイトルに反して、その中身にはさまざまな知識がぎっしりと詰まっていたように思えた。

対して私は、ほんとうに勉強ができない。
というより、記憶力が極端にない。

これは長年のコンプレックスで、だから学歴の高い人のそばにいるだけで、ものすごく恐縮してしまう。
それはもう、「どうせ」などと卑屈になったりするようなレベルではなくって、
出身校が「東大・京大」なんてことになると、もう「ははあ」と足元にひれ伏してしまいたくなるレベルで。

当然のことながら、そんなことだから昔から忘れ物が多い。
それに、ずいぶん人とのご縁もなくしてきてしまったように思う。人の名前と顔も覚えられないからだ。

これはなんとかしなければならないと思い立ち、
この本を手にしたのは4年前だった。
この本は、要は脳の「ものごとを関連付づける習性」を利用し、
反復ではなくイメージを活用して記憶していく実践的なトレーニング書なのだけれど、

1度目の時には、読んでからしばらくの間はなんだかとっても頭が冴えていたような覚えがある。
忘れ物の回数も減ったし、何より人の電話番号をすらすらと記憶できるようになったのには驚いた。

それを今、なぜまた再読しようかとおもったかというと、
どうにか英語をマスターできないかと思ったからだ。

だけれども英単語というのは、日本人が語呂あわせやイメージを活用して関連づけていくには、持ち合わせているボキャブラリーが乏しすぎる。
当然のように語呂合わせはこじつけになってしまい、語呂自体が思い出せなくなってしまうから手におえない。正直、お手上げ状態。

だけどしばらくはやり続けてみようと思う。
コツ、っていつかは何かしら見つかるもので、そうでなければ何ヶ国語も話せるバイリンガルがこんなにも世の中にいるはずはないし、やり続けていれば似た単語などになんらかの規則性なんかが見つかるのかもしれない。

というわけで、結局この本は英語の勉強にはちっとも役になっていないわけだ。
まあ、書いているのが英語圏の人であるから、英語の話せない日本人の悩みなどもともと加味して作られてはいないわけで。

私のようなおばかさんが、もし日本にあと20万人いるとしたら(いるのか?)
私が、なんらかのコツを見つけた折には書籍化すると需要があるのかもしれないな。
なんて、浅ましい考えを持つ暇があるならやるか。やるとするか。。。

なんて尻つぼみな文章。

ああ、まじで勉強つらい。

備忘録

2月
2017
14

posted by on 読んだ本と映画とか

英語を覚えるコツは、まず「読めるようになる」に徹する。

一つの単語のもつ複数の意味もスペルも無視して、ひたすらその文章のもつロケーションをイメージしながら読めるようになる。

あとは、語呂合わせでなんとかしよう。