Archive for the ‘読んだ本と映画とか’ Category

詐欺師

4月
2017
04

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[amazonjs asin=”4344422457″ locale=”JP” title=”太陽は動かない (幻冬舎文庫)”]

好きな人に騙されていたことよりも、騙されていたと気づくことの方が悲しい。

 

夫の浮気が発覚してよくきく、月並みのセリフ。
だけど、これまではどうにも意味がわかんなかったんだよなあ。

でもね、この本を読んで、これ、あらためて真実だと気づく。

本書で、ある女性が情報スパイに騙されたわけだけれども、
女心としては、「騙すのなら、せめて騙されていたと気づかないで終わらせてほしい」のだよ。

女心が一番悲しむのはね、「金のためや社会的メリットのために騙されていた」と、気づいたとき。そこには、自分というエッセンスがなにもないから。

どんなにひどい別れ方でも、恋愛で終焉するのならどこか救われる。
だけど、恋を金や名誉とトレードするのだけは、だめだ。

道を継ぐ

3月
2017
28

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「上阪徹のブックライター塾」の一期生で、ライターであり、すでに何冊もの自著を出されている日本初のヘアライター、佐藤友美さん(さとゆみさん)の新刊です。

2016年には『女の運命は髪で変わる』(サンマーク出版)を出版し、以来、テレビをはじめとするさまざまなメディアに露出されているさとゆみさんですが、その原点は、「カリスマ美容師ブーム」で、雑誌のヘア特集を担当したことにあるのだとか。

本書は、そんな、ある一人のカリスマ美容師さんのお話。49歳でこの世を去った伝説の美容師 鈴木三枝子さんの「生きざま」を、1年半をかけ、およそ190人に取材して完成させたという、渾身の一冊だそうです。
泉岳寺にある鈴木三枝子さんのお墓には、8年を経てもなお、ひっきりなしに人が訪れており、さとゆみさん自身も、会話という会話をしたのは1度きりだというのに、今でも「こういうとき、あの人だったらどうするかな」と考えるという。

なぜ、彼女は亡くなってもなお、多くの人に強い影響を与え続けるのか。
鈴木三枝子さんとは一体、どんな人だったのか?

いやーもう、「はじめに」から、熱量の高い言葉がズシズシと心に響いてきて、ページをめくるこっちの指が火傷するんじゃないかっていうくらいに、とにかく熱い! その熱気に煽られるようにこちらのボルテージも上がり、一気に読んでしまいました。

口が悪い。ときには手もでる。人とは「向き合う」、どころか「取っ組み合う」。
とてもスマートとはいえない鈴木さんの「生きざま」だけど、その泥臭さのコアな部分にこそ、単なる懐古主義的な職人魂を超えた、どんな人にも共通する本質的なアンサーがあったように思います。

なんというか、アッパレ。アッパレな人生。

当たり前だけど、美容師さんって、「職人さんなのだなぁ」とあらためて実感させられました。世襲制ってわけじゃないし、粋な和服を着ているわけでもないけれど、職人さんかどうかって、もしかしたら仕事への向き合い方そのものによるのかもしれないなあ。

読み終えて、パタンと本を閉じた表紙に、「ああ、このタイトル以外はないなあ」「ああ、この表紙しかありえないなあ」と思えたら良書、という自分なりのセオリーがあるのだけれど、まさに、そのまんま。読んで損のないおすすめの良書です。

 

 

 

成功者K

3月
2017
22

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再読しなければ、本質的なことはわからない本、だと思う。
だけど、再読する気にはとてなれない本、だとも思う。

最近ではめずらしい私小説。芥川賞を受賞してから、著者の羽田圭介さんの人生が急に華やぎだしていく、そのプロセスが、女・金・仕事を通して生々しく描写されています。
まるで「アルジャーノンに花束を」を思わせる栄枯盛衰(ちょっと意味ちがうかもだけど)と、どこからがノンフィクションなのか? という吸引力で、読者を前のめりにさせ、最後までページをめくる手を止めさせない技術は、ものすごいものがありました。

医療もの、刑事ものの小説は、一般人がうかがい知ることができない世界が舞台だからこそ、読者の好奇心を刺激するのだけど、今回の舞台となった「芸能界」も、まさにそのど真ん中。
しかも、タレントではなく「文化人」として露出している人の私生活が垣間見えるような作品は、とても希少。題材の選びかた、すごいビビッとですよね。ご本人にしか書けない物語だと思います。
だけど、文体に馴染むまでにはずいぶん時間がかかったな、ということと
そもそも、著者が自分の人生の一部を切り売りしたということ以上の価値を、本文から見つけることが、少なくとも私にはできなかった。

男っぽいロマン、だからかなあ。
金を手にして、選び放題にきれいな女性たちと性交を重ねていく。ベンツに乗る。ワーカホリックに働く。男女の性別というよりは、醸しているバブル感に萎えたのかもしれない。

どんどん著者が傲慢になっていくのに周囲の成功者たちは謙虚なまま、という設定なら、著者がそうなってしまうきっかけがもっと明確であるべきだったし、それが「芥川賞とったから」ではあまりにお粗末。それに、傲慢に変化していった代償として失ったものがあまりにも少なすぎて、読後に物足りなさが残ります。

人生において切り取る場所は、華やかな今ではなくその先のもっと暗澹たる部分なのでは? と思ってしまったのは、私が女性だから? 意地悪だから?
女遊びの激しい著者に対して、ちょっと復讐心みたいなものがあってのことなんでしょうか。

 

インパクトほどの中身ではなかったなあ。
うーん。期待していただけに、ちょっと残念な気がしました。

 

 

 

 

 

 

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[amazonjs asin=”4534052391″ locale=”JP” title=”1人でできる子が育つ「テキトー母さん」のすすめ”]

「テキトーな子育て」って、あんがい難しいんだな、これが。

だって、世間様は子どもの行動の逐一を「親のしつけがなってない」「この親にしてこの子あり」って、母親のせいにするじゃないですか。
そんな緊張感の中で子育てしていれば、いつのまにか鬼ババと化してしまうのも「そりゃそうだろ」って思っちゃうんだけど、それを客観視するほどの勇気はないわけで(知りたくない)。

だから、この手の本ってあんまり読みたくなかったんですよ。
だって、すでに世間からチクチク言われているのに、なんでわざわざお金だして「お説教」されなきゃなんないの?って、思ってたから。

 

でも、そっちょくな感想をいえば、予想に反してこの本はお説教くさくなかった。だから最後までぐんぐん読めた。
それは多分、1つ1つの教えが本当に「脱力系」だったから。そして、「まじか。それでいいんだあ」っていうゆるい教えが、じんわりとあとから沁みてくるタイプの本だったんですよね。

 

たとえば、「子育てに自分を犠牲にしない」というページで推奨されている方法なんかがいい例かも。

「テキトー母さんは、イライラしてたり疲れていたら耳栓とアイマスクを使います」とかね(笑)。

だけど、紐解いていくとたしかにその通りで、子どもをどなりちらして「子どもはシュン」、「あとから自分も反省」なんてしているよりもこの方がずっと生産的なんですよ。「相手を変えるより、自分の状況を変えるほうがてっとり早い!」という結びの言葉には、「たしかに!」と膝を打ちました。

 

「こうあるべき」を押しつけない育児本だから、長く愛されているんでしょうね。

 

ダイアモンド社で編集をされている今野良介さんが、日本実業出版社にいたときに出版された育児本です。
ちらほらと4コマ漫画なんかもはさんであるので、活字が苦手な人でもツルツルっと読めてしまう、おすすめの育児書でした。

旅屋おかえり

3月
2017
14

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[amazonjs asin=”4087452255″ locale=”JP” title=”旅屋おかえり (集英社文庫)”]

原田マハさんの作品を初めて読みました。

彼女の視点は、とてもあったかで
ご本人の人柄がすてきなのだろうと、想像します。

だけど作品としては、少し物足りなさが残りました。

むずかしいね。小説。

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[amazonjs asin=”4334765009″ locale=”JP” title=”私のこと、好きだった? (光文社文庫)”]

林真理子さんの、『私のこと、好きだった?』(光文社文庫)読了。

最近の林真理子さんの書籍は、
『過剰な二人』(講談社)や『野心のすすめ』(講談社新書)などの、小説以外のものばかり読んでいたので、フィクションは久しぶり。

「エッセイは嘘をつけるけど、小説は嘘をつけない」というのは、林さんの名言だと思う。
一見、エッセイこそ自分のことを書くわけだから嘘がつけないように思えるんだけど、
たとえば、一つの出来事でも芸人さんであれば、ものすごくじょうずに脚色して面白おかしい出来事に昇華することができる。つまり自分に起こった出来事って、いくらでも意図的に与える印象を変えることができてしまう。

対して小説のように、長くて、さまざまな視点から一つの出来事を切り取るような文章の場合には、嘘がつけない。その視点は、自分の範疇を超えられないからだ。
そして、小説というのは、読者に新たな「視点」を提供するツールなんだと思う。

『私のこと、好きだった?』は、
テレビなどでも活躍されている林真理子さんが書くにふさわしい舞台だったと思う。
というのも、それが華やかな「女子アナの世界」だから。

女子アナほど、女にとって、年齢が武器にも足かせにもなる職業は他にない。

本書の主人公は、アラフォーの独身女子アナ。
技術は若い頃よりもずっと向上しているのに、管理職となって今は第一線を退いている。だけど、世間が納得するような「有名医師」と結婚した途端に、それまでとはうってかわって、「アラフォー希望の星」としてメディアで脚光を浴びる、というこの違和感。露骨すぎるけれど、真実。

これだけきくと、なんだか悲壮感たっぷりのドMな小説を想像するんだけれど、
そこは、林真理子さんの視点。
寂しい女がはまりそうなドツボを前に、しっかりと足を踏ん張って引きずり込まれないポジティブさは、あっぱれ。そうそう、女ってきちんと現実主義なんですよ。

改めて、テーマの選びかた、上手だよなあ。と。「女子アナの世界の裏側」なんて、まさにゴシップ誌同様。誰もが知りたいと前のめりになるテーマですよ。

だけどそれをきちんと文学として成立させる筆力はさすが。
ぐいぐいと引き込まれました。
こんな力のある作品が、普通に並んでいる小説の世界。やっぱ、すごいなあ。

細雪

3月
2017
10

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[amazonjs asin=”4101005125″ locale=”JP” title=”細雪 (上) (新潮文庫)”]

「細雪」読了。

あれー?こんなストーリーだったっけ?

「吾輩は猫である」と並ぶ、たんたんとしたストーリー。
谷崎の偏愛を期待して手にした身としては、不足感がつのりますが
文章はさすがに秀逸。

だけど、「ナオミ」の方が好き。

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[amazonjs asin=”4001141388″ locale=”JP” title=”ふたりのロッテ (岩波少年文庫)”]

[amazonjs asin=”4001141418″ locale=”JP” title=”飛ぶ教室 (岩波少年文庫)”]

 

「二人のロッテ」、読了。

 

本当は、「飛ぶ教室」から読みはじめたのだけど
私は断然、「二人のロッテ」派。

両親の離婚で生き別れた双子が、偶然、サマースクールで再会する。
二人は入れ替わって、お互いの自宅に帰る。そんなことにはさっぱり気づかない両親を、ふたたびくっつけようと画策するという、おしゃまなストーリー。

児童文学としては、実はけっこうヘビーな内容なんだけど
こういう女子的な大人の翻弄の仕方、好きです。

ケストナーの作品は、無駄のないシンプルな言葉で綴られているのに、キャラクターがわかりやすくデフォルメされているので、生き生きとしている。
今読んでも、ハラハラドキドキしてしまった。

 

たまに、天の声みたいなのが入るのだけが慣れないのだけど、
きっと、子どもって、真剣に何かをしている最中もちょくちょく大人から口をはさまれることに慣れているので、
意外と普通に読めちゃうんじゃないかと思った。

 

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[amazonjs asin=”4534054718″ locale=”JP” title=”1年で話せた人が絶対やらない英語勉強法”]

『1年で話せた人が絶対やらない英語勉強法』(水野稚 著、日本実業出版社)を読了。
 
 
「上阪徹のブックライター塾」で同期だった、ライターの梅田梓さんが構成とイラストを担当された書籍です。
 
私は、力強いのに人への配慮にあふれたの彼女の文章のファンなので、即購入。
目下英語を勉強中ではあるものの、隙間時間を見つけて単語を暗記するだけで精一杯という中、「おおお!そうだったのか」と、これまで英語にかかっていたバイアスがとり払われました。
 
中でもためになったと感じているのは、
 
・バイリンガル漫画を活用しよう
・ネイティブに学ぶのがいいとは限らない
・日本にいても充分英語は上達する
 
という章。
 
バイリンガル漫画の存在は知っていたものの「勉強ツール」としての活用は頭になかったのですが、「時制を学ぶならこの漫画」「この漫画が読めるようになったら、この映画は字幕なしで見られる」といった具合に、漫画の選び方や読了後の到達点まで教えてもらって、すぐに実践できるのがうれしい。
 
また、「ネイティブ信仰」には何の根拠もなかったことがわかって余計なお金をつぎ込まずに済んだし、
日本にいながらにして英語を学んだという著者さんだけに、自分の会話力を試すために「外国人向けのハトバスツアーに参加した」というエピソードには、「どこにいたってやる気次第なんだな」と、他力本願ではない学びの深め方を学んだように思います。
 
おかげで、修行のように猛烈に暗記することだけにとらわれていた学習法から解放され、わくわくと楽しみながら学んでいくことができそう。
 
私のように、「英語の上達を掲げてはみたものの、いざ始めると到達点は靄の中」という人にはぴったりだと思います。
英語の勉強をはじめるなら、ぜひ一読したい書籍です。

わがしごと

3月
2017
02

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[amazonjs asin=”499083352X” locale=”JP” title=”わがしごと”]

私は昔、五反田と蒲田・溝の口をつなぐ東急池上線の「旗の台」という
駅の近くに住んでいました。

すぐ隣の駅は「長原」といって
この書籍の著者であり、今あらゆるメディアに登場し注目を浴びる2人組の和菓子ユニット、wagashi asobiさんのお店がある駅でした。(現在は2人組ではなく、4人に増えているそうです)

ある日、私がぶらりと長原商店街を散歩していると、
少し奥まった白い古民家の前に、みたことのないおしゃれな看板が出ていました。
そこには小さな文字で、「wagashi asobi」とかいてありました。

お店の前には、たまたま白い服を着た女性が立っていて
それが「wagashi asobi」の職人の一人、浅野理生さんでした。

なんとなく話しかけられてお話をさせていただくうちに、
浅野さんと私はともに北海道の、
札幌でも旭川でも小樽でも函館でもなく、道民でさえも「それってどこ?」と首をかしげるような、小さな田舎町の出身であることがわかりました。

 

東京に来て、これまで同郷の出身者に出会ったのはこのときが初めて。
それもあって、理生さんには勝手にシンパシーを感じてしまいました。
その後も、お二人が参加されるイベントにちょくちょくお邪魔させてもらうようになったのです。

 

本文の中には、「東日本大震災のあった年に、wagashi asobiはオープンしました」とあり、理生さんと会ったのが、本当にお店がオープンして間もない頃だったのだとはじめて知りました。

 

本書には、wagashi asobiさんが誕生するに至った経緯や、なぜここまで人に愛される和菓子屋として成長できたのか? が、彼らの仕事論を通してたっぷりと語れています。
しかもそれが、読み手に心地良い密度で遊び心たっぷりに表現されているから、手を止めずに一気に読んでしまいます。

それもこれも、一行が負担のない文字数でレイアウトされていて読み手に親切なこと、wagashi asobiのもう一人の職人である稲葉基大さんが、言葉asobiの達人で、その感性をあますところなく散りばめてくれいたからだと思います。

彼らの「言葉」の感覚は、ライターとしてみならうべき部分がたくさんありました。

 

 

そして、この本を読んでもっとも印象に残っているのが
P72の「必然性」についてのお話です。

wagashi asobiさんの作る和菓子は、しばしば「斬新で新しい和菓子」としてメディアなどで紹介されています。でもそれは、狙って作っているわけではないのだそうです。
テーマを与えられて作った和菓子がたまたま商品となったのであったり、できるだけ自然に近い原材料にこだわった結果だったりと、そこには彼らなりの「必然性」があったのですね。
地元密着で、たった2つの和菓子で勝負をしているのだって、クォリティを保つにはそうするしかなかったという「必然性」を感じてのことなのだそうです。

(本書抜粋)
必然性を意識することで、やるべきことが見えてきます。
必然性を意識することで、やるべきではないことが見えてきます。
必然性を意識することで、より効率的に目的に達成することにつながります。
必然性を意識することで、欲張りにならず世の中と調和することができます。

1年半前、私はライターとして、この「必然性」に悩んでいました。
あるライターさんからお仕事の依頼を受け、当時はとにかくどんな仕事でもしてみたくて、一も二もなく「やりたい!」と手を挙げたところ、

「あなたは、自分がこの仕事をやることに必然性があると思って手を挙げているの?」とその人から問われたのです。

はじめはピンときませんでした。「やりたいだけじゃだめなの?」って。
その後はなんとなくわかったような気になっていたのですが、この本を読み、彼女の言っていたことの真意が、私の中でストンと腑に落ちたように思います。

 

それだけでも、この本を読んでよかった。

 

理生さんとは、その後もふしぎなご縁が続き、私たちはほとんど同時期に女の子を出産しました。

だけど、子育てをするため旗の台を引っ越してからは、ずいぶん会っていないなあ。
久しぶりに、なんだかとても会いたくなってしまいました。