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備忘録

3月
2017
17

posted by on ブログ, ライターの仕事

【黒川精一さんインタビューを実践するためのまとめ】

 

(企画を考えるまえに、頭に入れておこう!)
・本づくりで大切なのは、「読者がどうなるとうれしいか?」を常に考えること。

・自分がうすうす思っていたことに、あと一人同じことを思っていた人がいたら企画になる。悩みの深さよりも広さ。
・テレビの企画は、今流行っていることに実感が伴ったときにGOサインが出る。
・悩みとそれを解決することに実感が持てる手段があってこそ、実用書。悩みに対して、「それやってみたい!」という手段を提供するもの。

 

(それでは実践!)

 

  • 企画には2通りしかない

1)その企画で喜んでくれるお客さんが確実にいる企画。

2)もしかしたら喜ぶお客さんがいるんじゃないかな?という期待を込めた企画。

外さない企画とは1のこと。

 

その際、各ジャンルにどのくらいのお客さんがいるか見当をつけておく

ex)お金、健康、ダイエット、食事、家族、日本語、英語などのメインテーマをさらに細分化する。

お金・・・男性向け金融投資、不動産投資、自己啓発的なし光景、副業、女性向けの節約、貯金、家計簿活用

 

書店でどの棚に置かれているかも入念にチェックし、なんとなくビジネス書のコーナーに行く人と直線的にテーマを探しに来る人で訴え方を変えること。著者がさだまったら、そのジャンルに何を掛け合わせることができるのかを著者と話しあう必要がある。

「なぜその著者でその企画なのか?」と思わせるような企画は楽しい。

 

  • 著者さんの、肩書き=専門とは考えない。何を語ってもらうと、一番生きるのか?を見ていく。

・プランC(下記参照)をみつけるために、いろいろな常識を著者にぶつけていく。
例えば、「退職してから3000万円必要といわれているけど本当ですか?」など。その返答を裏切ってくれる人が適任。それを一般化するところまでメソッド化するのも編集者の仕事。

 

プランC、メソッド、仮タイトルがはっきりした段階で、執筆に入る。

 

③その企画に類書があるかないか?

1)これまで市場にない本
ライバル本に勝つための本なのか、ライバルがいない独自市場をつくる本なのか?を見定める。

2)すでに市場にある本
Pubラインで検索。myメモ・・・難しければ、紀伊国屋webで検索してみる。
各ジャンルにどのくらいのお客さんがいるか見当をつけておく

お金、健康、ダイエット、食事、家族、日本語、英語などのメインテーマをさらに細分化する。

たとえばお金なら・・・男性向け金融投資、不動産投資、自己啓発的なし光景、副業、女性向けの節約、貯金、家計簿活用など

 

これらは書店でどの棚に置かれているかも入念にチェックし、なんとなくビジネス書のコーナーに行く人と直線的にテーマを探しに来る人で訴え方を変えること。著者がさだまったら、そのジャンルに何を掛け合わせることができるのかを著者と話しあう必要がある。

その際には、「なぜ、その著者でその企画なのか?」と思わせるようなものにするのもあり。

 

④ダメと思われる企画をいかにして魅力的な企画にするか?

1)商品を変える
・以外なものと組み合わせてみる
例)サンドイッチを何段にするか?では新鮮味がない。なので、青空✖サンドイッチ、寝る前✖サンドイッチ、おせち✖サンドイッチ、暴力✖サンドイッチ、長寿✖サンドイッチなどと組み合わせ。
・「みんながうすうすわかっていること+ちょっと新鮮」を実践してみる。
例)みんなはうすす「指を動かすとぼけない」ことは知っている。そういう信頼感のある知識に新鮮さをプラスし、「指→親指」に。すると、読者は「親指が大事だったんだ!」という新鮮な反応をしてくれる。
2)お客さんを変える

・別のくくりにしてみる
例)サンドイッチは「時間がないときに食べる」ことが多いから、時間の使い方に関心のあるビジネスマン向けに作るか?→「多忙な一流ビジネスパーソンのための 片手で食べられる食べ物」という企画。もしくは、簡単につくれるから中高年向けの「健康志向サンドイッチ」など。
その際にも、置かれる棚を意識してそれまでサンドイッチに興味のなかったお客さんに向けてアプローチする。

 

⑤カバー・タイトルについて

・入れる要素は、「目的・手段・社会的シグナル、評判、距離、アイコン」。
目的・・・「どうなれるとうれしいか?」という、いわば悩みに対する読者とのお約束。タイトルに入れる。長いタイトルはどこか一部分だけをすごく強調するようなデザインにすると、読者は「自分ごと」だと思ってくれる。
手段・・・目的をどんな「手段」でかなえるか?解決法やノウハウなど。パッとみただけで「やってみたい!」と思ってもらえるかどうか。できるだけ具体的に

「加熱→長時間加熱」、「プログラム→4週間プログラム」といった具合に。逆に、あえて手段はふせておくこともある。

 

社会的シグナル・・・所属意識やアイデンティティ。たとえば、「一流の教育を受けさせたい親」か、「自主性を尊重したい親」かによってカバーデザインを変える。読者が「自分はこの世界に行きたい」「これらの仲間入りをしたい」とおもってもらえるかどうかがキモ。

評判・・・10万部突破!全米ベストセラー!といった推薦文やレビューなどによって、手に取ることを後押ししていく。買っても損をしないし、ステイタスも傷つかないということを伝える。「安心感」。

 

距離・・・この本が「これならてがとどきそう」「ちょっと背伸びすればできそう」ということを提示する。要は、挑戦欲を刺激する。狙い所をさだめておくのがキモ。
「それは無理だ」と思われない内容になるよう、著者さんと話し合う。読者がうれしい内容になるように。

 

シンボル・・・「あの赤い本ね」「あの外人の子供の本ね」と言われるような、記憶で結びつくビジュアルのようなもの。類似本が他社から出ても、陳腐化できるというメリットがある。写真じゃなくても、文字でもOK

 

 

以上は企画の段階でも必要なので、企画段階からカバーデザインを考える。

「タイトル」

・目的=タイトルになることが多い。その際には、たとえば「腰痛が治る」なら「いつもじんわり思い腰痛がウソのように消える」としたほうが、「それ、私!
」とおもってもらいやすい。一歩踏み込むこと。

 

⑤原稿について

読者に関係ないことを、削る。「20代に向けて、将来のお金の不安を取り払う本」という方向性なら、どんなに一般論であっても、退職金の使い道については削る。もしくは初任給の使い方に書き直す。読み手が内容に引き込まれていくには「自分に関係してる内容かどうか」が大きなポイント。

 

全体を3つのブロックに分ける。
はじめに・・・なぜ自分がこれについて話すのかを書く自己紹介。著者がやってきたことの結果や信頼性。
1ブロック目(第1章)・・・盛り上がりと、その本をなぜ作ったかという大元になるような「問い」を入れる。その際、導入には別の話(例としてプロフェッショナルの蟻や、親指の労災など)を入れるのも一つの手。
2ブロック目(第2〜5章)・・・「問い(親の問いを解決する子の役割)」の解決法と、なぜそうするのか理由を書く。今日から実践したくなるような解決法を書く。
3ブロック目(それ以降)・・・盛り上げと結論、新しい問い。
あとがき・・・なぜ自分はこれにこだわってきたか?を書くなど、すごく個人的なことを書く。なぜ、これを始めたかという「原因」を書いて人間性に踏み込む。

 

「問い」で大切なことは、前提とする悩みに共感があるかどうか?しみじみとする問いであって、結論ありきの「売るための問い」ではないことが重要。ここでは、「自分に都合のいい問い」ではないかをチェック。

 

問いが整理できたら、解決法を明確にする。科学的エビデンス、生徒さんの体験など。その上で最後に、「これまでの解決法方をやってみると、あらたにこういう問題が発生しまうよね」とネタ振りして、次の章につなげていく。

改行で読むスピードを調整する。テンポよく読み進めて欲しいところは、改行を増やす。逆にスローペースにしてほしいところは改行の回数を少し減らす。そして、結論は必ず次のページに引っ張る。
これらが、きちんと役割を果たせているかどうか、足りないとすれば何を付け加えるべきか、読者の感情をグラフにする。
 

⑥PRについて
本をテレビで特集してもらうために、自分が出したいコーナーの構成要素を企画段階から書き出す。
そして、「なぜ、それを取り上げるのか?」という証拠、山積みの本、行列、生徒が絶賛する客観的な絵を示す。苦しいや痛い、はむしろテレビ的スパイスになる。

【チェックポイント】
・書籍を作っている間に気をつけるべきこと・・・原稿とカバーデザインで読者がぶれないこと。
・人は、小さな妥協をしながら買い物をしている。たとえば、「料理がうまくならない」という悩みがあったときに「きちんと料理」と「ぱぱっと料理」があればどちらかを選ぶけれど、そこには小さな妥協がある。だったら、そこにC案「短時間だからこそ、すごくおいしい」という企画を出す。いわば、プランCとは読者の「うれしい」。正確には、「正しくて、うれしい」。

 

 

読む力

3月
2017
15

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「『書く力』と『読む力』は、車の両輪である」と言っていたのは、だれだったろう。

「読む力」がついてくると、それまでの自分の文章なんて笑えるほど陳腐。「これではまずい!」と、足掻いて、書いて、書いて、書いて、なんとか「書く力」が見合ってきたような気がした頃には、また「読む力」もついて、だからやっぱり陳腐で。

悲しいのは、いくら本人が「うまくなった!」と思っていたって、他人から見ればさして以前と大差がないこと。

憧れのライターさんとの距離なんて、まったく縮まるような気がしない。

読む力

3月
2017
07

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ライターという仕事柄、たくさんの本を読む機会があるのだけど、
実は、私、かつては「読書」がめちゃくちゃ苦手でした。

小学生時代には親から「本を読みなさい!」って叱られて余計に嫌いになったし、
「どうしてこの面白さがわからないのかね」と言われたところで、自分でもぜんぜんわからないわけで、

まさに、「読書アレルギー」を患っていたわけです。

 

でも、当時だってそれこそ漫画だけは爆買いして読んでいたし、それに、なぜか読書感想文なんかを「書く」のはけっこう好きだったりして。ほんと、「なんで、読むのだけがこんなにだめなの??」って、これ、一つの謎だったんですよ。

 

そうしたら、先日実家に帰省したときに、すっかり「本の虫」となっている私の姿を見た母が、

「あんたって、本当は本が好きな子だったんだね。私、あんたたちが小さい頃、いつもいつも年の離れたお姉ちゃんに合わせた絵本ばかり読んでいたから、それで、もしかすると本嫌いにさせちゃったのかもね」

と、言うではありませんか。

 

母曰く、幼い頃の私は、姉の読み聞かせの最中にいつも、「静かにしなさい!」と叱られていたそうな。なんだか、かわいそうだな。わたし。

 

だけど、原因がわかってよかったよ。
お母さん、私は、4つちがいの娘たちに平等に本を読んであげようとおもうよ。

 

教えてくれて、さんきう。

 

そして、別にいくつになっても挽回することはできるから、
そんなに気にしないでね。って。気にしないだろうけどさ。

 

 

 

 

 

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赤ちゃんの持つパワーにはすさまじいものがあると感じている。

快不快を表現するだけで周囲の大人をオロオロとさせる、そのパワー。
だけれども、二人目ともなると上の娘との時間を優先させるべきときもあって、なかなかすべての要求に応えられるわけではない。

そうして、ギャン泣きする赤ちゃんの声をバックミュージックに上の娘と湯船につかりながら、ふと、「赤ちゃんの要求ってなんなんだろう?」と考えた。

 

赤ちゃんの愛らしい目鼻立ちは、大人に愛されるためのものだとどこかで聞いたことがある。赤ちゃんの「人の機嫌などを見抜く力」は大人以上で、それもまた、弱きものが生き抜くための才能だとも。

だけれどもなんだかそれでは、まるで赤ちゃんが大人に愛されるためだけに生きているかのようで、どうも腑に落ちない。
そういうのって、大人のための育児に都合のよい解釈のような気がして好きになれない。

赤ちゃんってもっと、ポジティブな存在でしょ。

 

思うに、赤ちゃんの「要求が通る」という経験は、人として初めての「成功体験」を得るためのものではないかと思う。いわずもがな成功体験は自己肯定感には欠かせないもので、成長の礎となって、その後の心の発育から余計なものを排除してくれる重要な要素だと思う。

そして、自己肯定感によって自ら愛される存在であることを確信している人を、周囲はむげにはできない。たぶん、ここ重要。
赤ちゃんの妙に納得させられるパワーの源って、ここにあるような気がする。
大人ってきっと、そのパワーを減退させないために存在しているんだよね。つまり、付加価値的な存在でしかなくって、重要ではあるけれど主役ではないわけで。

 

そう考えると、むむむ。生まれてから半年くらいまでの育児には、その後では挽回のきかない何かがあるような気がしてくる。

 

すごいな赤ちゃん、深いね育児。

 

 

 

 

備忘録

2月
2017
28

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大多数の両親が知りたいのは、
普通の人の、普通の育児なんじゃないだろうか?

ちょっとした、こんなときにどうする?ということを
専門家や超絶できるママにきいたところで、解決なんてするわけがない。
地頭のレベルがちがう親から生まれた子供と同じ英才教育を子供にさせて、どうなるというんだろうか?

 

昔、あるベビーサロンで

「お子さんに、どんなふうに育ってもらいたいですか?」

と保育士に聞かれたことがある。

 

大多数のママは、「健康でやさしい子になってほしい」と言っていたのだけれど、
あるママが

「人を魅了するような人に育って欲しい」

と言っていたのが忘れられない。

 

その背中、見せて育てるの大変だぜ。とおもった。

 

 

 

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腐った言葉の中では、腐った言葉が育つ。

いわば、家庭は土壌だから。
言葉の土壌、情緒の土壌、健康の土壌、

どんなにきれいな美しい言葉を吐き出してみても
赤ちゃんの目には、耳には敵わない。

人の感情をキャッチする能力は、
赤ちゃんの方が大人よりもずっと高いそうな。

生きる知恵。こわいくらいの感性。

 

 

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確定申告の時期がやってきました。

今年は、MFクラウドを活用しはじめたんだけれど
正直、使い勝手がいいのかわるいのか判断がつかない。

 
日常的な記帳だけなら十分満足なんだけどね。

 
確定申告のために仕入れを月ごとに書き出したいのだけど
家事按分をつかうと、正確な数字がでないので申告書に記帳するためだけに
もういちど計算し直しだなんて。。

 

わかる人にしかわからないぼやき。。

でした。

 

 

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またまた日経DUALですが、こんな記事がアップされていました。

「保活が大変!」という記事は多々あるけれど、ここまで真に迫ってくる記事は初めてかもなあ、と。書き手のくやしさや苦しさがぐるぐるととぐろを巻いているかのような力のこもった文章。
最後の、

欲しい福祉サービスや助成金などは多々あるが、願って止まないのは、日本が「子どもが社会に歓迎されている」と感じられる国になること。

 

ということばには、100回頷きました!

 

妊娠中も産後も、電車の優先席に座るようになって初めて見えてくる世界がある。
そして残念ながら、私が母親になって一番増えた口癖は「すみません」と「ごめんなさい」でした。

そして、こうした言葉ばかり口にしていると心はどう変化していくかというと、
「私が産み、育てているものは一体なんなんだろう?」と、我が子のかわいらしさにネガティブなフィルターがかかっていくんです。

 

「そんな、おおげさな」って思われるかもしれません。

 

だけど世間の母親なんて、誰しも1年生。まるで自信のないところから育児をスタートさせているわけです。
なのに、夫の帰りは遅くてあてにならない。育児を一緒にしているわけではないから、孤独な気持ちや大変さの本当のところは理解してもらえない。経験者であるはずの自分の母親には、「私たちの頃は・・・」と武勇伝を語られるだけ。
狭いマンションの中、近所迷惑にならないようにとひっそりと子どもと二人きりで過ごしている母親が気晴らしをしようと電車で外出したら、あちこちからきこえてくる「(ベビーカー)邪魔なんだよ」といわんばかりの舌打ち。

こんな社会ではとても、子育てをしている自分を誇らしく感じられるはずがないんです。
それに加えて、もしこの記事の筆者のような「保活」での苦悩、いざ入園した保育園での信じられない光景を目の当たりにしたら?

人によっては、「子どもを育てることは悪いことなんだ」という気持ちが湧き上がってくるのだって、ちっとも不思議ではありません。
私が筆者だったとしたら、とっくに働くことを諦めていたでしょう。

 

長女が2歳のとき、結婚式があって私は姉と3人でグアムに行きました。
グアムは南国特有のゆったりとした時間が流れていて、そして子どもがそこにいるということが、とても自然な国だった。

結婚式の会場では、私は食事のサーブをしている女性から声をかけられて、
「あの従業員が、どうしてもこの子(娘)にフルーツ盛りをあげたいというのだけれどあげてもいいですか?」と聞かれました。
わけがわかりませんでした。「どうしてそんなことしてくれるの?」って不思議な気持ちになったんです。

だけど、その人は単に子どもがかわいいからそうしたいと思ってくれただけなんですよね。私はそのとき、こんなふうに皆からかわいいと思ってもらえる子どもを育てていることが、誇らしかった。

 

残念だけど、東京にいてそんな気持ちになれたことはありません。

もちろん、いつもいつも嫌なおもいばかりしているわけではなく、東京にだってフレンドリーに話しかけてくれるおばさんや席をゆずってくれるサラリーマンもいます。本当にそれはありがたいことです。

だけどその一方で、「妊娠中は嫌がらせを受けないために妊婦マークは隠していた」という妊婦は、めちゃくちゃ多い。子どもと一緒に電車に乗っていて、とても子どもには聞かせられないような言葉をかけられたことのある人だって、本当に多いんです。

私は昔の日本を知らないから、今がどうとかっていうことはわかりません。
だけど、子どもを産み育てることが昔よりもメジャーでなくなってきている昨今、子育てへの理解者が今以上に増えていく可能性はそこまでないと思うんです。

だから、「社会に歓迎されたい」とまでは言いません。だけどせめて、「子どもがいることが自然な社会」ではあってほしいな、とは願っています。

元祖癒し系

2月
2017
14

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「癒し系」ってことば、最近はめっきりきかなくなったけれど
少し前までは「もてる女」の代名詞としてつかわれていたように思う。
もったりとした口調、ゆったりとした動作、まどろむような笑顔といったステレオタイプなそのイメージはさておき、「癒し系」が忙しい現代人に求められる理由はよくわかる。

 

人は、居心地がいい人のそばにいるだけで「何かを与えられた」と感じられるからだ。

 

 

そして最近、私は癒し系の元祖が「赤ちゃんなのではないか?」ということに、思い至った。

特に、まだ「飲んで・出して・寝て」を繰り返しているだけの新生児から3ヵ月くらいまでの赤ちゃんはすごい。
赤ちゃんのそばにいると、どうしてこんなにも「与えられている」と、素直に思えるのか。

 

ふにゃふにゃの肌、ミルクのにおい、なにもかも小さく愛らしい姿。癒しの要素を全身にまとって放出させているのはもちろんのこと、

だけどその実、腹が空けば泣き、うんこすればまた泣き、満足すれば寝るという赤ちゃん。そんなことをもし大人がやってのけたとしたら、それは一転、傍若無人なふるまいににほかならない。
やっていることが一緒だとしても、できるのにやらないのと、今できることを精一杯やってそれなのでは、まったく意味合いが異なるからだ。

 

思うに「癒し系」として重要なのは、「邪念をもたないほど一生懸命にやる」ということなのではないか、と思う。
赤ちゃんの興味対象といえば、飲んで、出して、寝るばかり。それだけしかできないのだし、それだけに全身全霊をかけてやりきる。周囲のことなどおかまいなしに。
だけれどもそれこそが、癒しのオーラを放出する重要な要素なのだろうと思う。

そして、それに近い感覚を持つ大人にも、たまに出会うことがある。
私の場合、その多くが「明確な目標にわきめも振らず邁進するアーティスト」だ。
そして重要なのはアーティストということではなくって、
「わきめも振らず邁進する」こと。邪念をもたないほどに。

 

吸いもあまいも知ってしまうのが、悲しくも欠かせない大人という存在。だけど人は先入観をもたず、ありのままの自分をそのまま見てくれるフラットな相手に対して安心する生き物なのである。

何かに夢中になって、それこそ誰かと自分を比較する暇もないほどに集中しているときには、吸いもあまいも他人のネガティブな要素なども無意識のうちに排除しながら、邁進し続ける。
その邪念なきゾーンに入っている人というのは、他人からはある意味鈍感な人のように思われるかもしれない。

だけど、その姿ほど純粋なものはない。人はしばしば「少年のよう」などと形容したりするけれども、私は、少年というよりはむしろ、赤ちゃんに近づいているのではないかと思う。
私の知る「癒し系」の人々は、しばしば赤ちゃんのように、全身から「癒しのオーラ」を放出させているからだ。

そして人はやっぱり、そういう人のそばにいるのが好きだ。

 

だから私は今更だけど、癒し系になりたいと思う。そしてふと、そこは目指しちゃいかんだろう、、ということに気がつく。

私のすべきことは、「わきめも振らずに目標に向かって邁進すること」であり、癒し系はその過程で偶然与えられるラッキーな産物でしかないからだ。手段と目標を混同してはいけないんだった。

あぶないあぶない。

 

 

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昨日、保育所の通園可否通知がとどいて
4月から次女が、無事に、長女と同じ保育園にかよえることになりました!

 

ほっとしました。
これでやっと、4月以降の仕事のおはなしを進めることができます。

 

長女が1歳のときには、認可園(公立保育所)はおろか、認定保育所まで落ちて一時保育を利用していたんです。
だけど、今年から長女の保育園では0歳児の一時保育がなくなることが決まっていて、
もし今回入れなかったらと思うと、絶望的な気持ちだったんです。

 

でも、そういう思いをしてきたから
私が入れたということは、あと50人以上の人が落ちたことを意味してもいるわけで、
単にうれしいばっかりでもなくて。

だいたい、0歳児から保育園に預けたいと思っている親って、
ほんとのところ、どのくらいいるんでしょう?

 

今回入園が決まった次女は4月で3ヵ月。
首も座らない赤ちゃんを保育所にあずけるなんて、本当は胸が痛いし、
できることなら1年はそばで成長を見守りたい。

でも、1歳の定員枠はたったの2名。最近はシングル家庭も多いので、
とてもその2枠に入れる見込みはなく、そこで今回は0歳児で入園させることにしたのです。
もちろん、福利厚生のないフリーランスで仕事をしていて、
1年もの休業ととることは難しいというのが最大の理由ではありますが。

 

それを見越して、出産自体を4月、5月に調整している親御さんもほんと多いんですよ。
4月や5月に産まれたのなら、最低でも次年度の4月までの1年間は、
親元で育てることができますから。

 

「保活」は、子供が欲しい親にとってのストッパー。
むしろ、二人目以降を考えている共働きの家庭にその傾向がつよいですよね。
なにをすれば、こういう問題は解消されていくんでしょうね。
私ができることは少ないけれど、今年は「子育て本」に携わりたいと強く思っていて、
そうした現状の発信もできたらいいですよねえ。

なんらかの形で、子育て中のお父さん、お母さんたちを応援していけないものでしょうかね。