Archive for the ‘ブログ’ Category

posted by on ブログ

腐った言葉の中では、腐った言葉が育つ。

いわば、家庭は土壌だから。
言葉の土壌、情緒の土壌、健康の土壌、

どんなにきれいな美しい言葉を吐き出してみても
赤ちゃんの目には、耳には敵わない。

人の感情をキャッチする能力は、
赤ちゃんの方が大人よりもずっと高いそうな。

生きる知恵。こわいくらいの感性。

 

 

posted by on ブログ

確定申告の時期がやってきました。

今年は、MFクラウドを活用しはじめたんだけれど
正直、使い勝手がいいのかわるいのか判断がつかない。

 
日常的な記帳だけなら十分満足なんだけどね。

 
確定申告のために仕入れを月ごとに書き出したいのだけど
家事按分をつかうと、正確な数字がでないので申告書に記帳するためだけに
もういちど計算し直しだなんて。。

 

わかる人にしかわからないぼやき。。

でした。

 

 

posted by on ブログ


またまた日経DUALですが、こんな記事がアップされていました。

「保活が大変!」という記事は多々あるけれど、ここまで真に迫ってくる記事は初めてかもなあ、と。書き手のくやしさや苦しさがぐるぐるととぐろを巻いているかのような力のこもった文章。
最後の、

欲しい福祉サービスや助成金などは多々あるが、願って止まないのは、日本が「子どもが社会に歓迎されている」と感じられる国になること。

 

ということばには、100回頷きました!

 

妊娠中も産後も、電車の優先席に座るようになって初めて見えてくる世界がある。
そして残念ながら、私が母親になって一番増えた口癖は「すみません」と「ごめんなさい」でした。

そして、こうした言葉ばかり口にしていると心はどう変化していくかというと、
「私が産み、育てているものは一体なんなんだろう?」と、我が子のかわいらしさにネガティブなフィルターがかかっていくんです。

 

「そんな、おおげさな」って思われるかもしれません。

 

だけど世間の母親なんて、誰しも1年生。まるで自信のないところから育児をスタートさせているわけです。
なのに、夫の帰りは遅くてあてにならない。育児を一緒にしているわけではないから、孤独な気持ちや大変さの本当のところは理解してもらえない。経験者であるはずの自分の母親には、「私たちの頃は・・・」と武勇伝を語られるだけ。
狭いマンションの中、近所迷惑にならないようにとひっそりと子どもと二人きりで過ごしている母親が気晴らしをしようと電車で外出したら、あちこちからきこえてくる「(ベビーカー)邪魔なんだよ」といわんばかりの舌打ち。

こんな社会ではとても、子育てをしている自分を誇らしく感じられるはずがないんです。
それに加えて、もしこの記事の筆者のような「保活」での苦悩、いざ入園した保育園での信じられない光景を目の当たりにしたら?

人によっては、「子どもを育てることは悪いことなんだ」という気持ちが湧き上がってくるのだって、ちっとも不思議ではありません。
私が筆者だったとしたら、とっくに働くことを諦めていたでしょう。

 

長女が2歳のとき、結婚式があって私は姉と3人でグアムに行きました。
グアムは南国特有のゆったりとした時間が流れていて、そして子どもがそこにいるということが、とても自然な国だった。

結婚式の会場では、私は食事のサーブをしている女性から声をかけられて、
「あの従業員が、どうしてもこの子(娘)にフルーツ盛りをあげたいというのだけれどあげてもいいですか?」と聞かれました。
わけがわかりませんでした。「どうしてそんなことしてくれるの?」って不思議な気持ちになったんです。

だけど、その人は単に子どもがかわいいからそうしたいと思ってくれただけなんですよね。私はそのとき、こんなふうに皆からかわいいと思ってもらえる子どもを育てていることが、誇らしかった。

 

残念だけど、東京にいてそんな気持ちになれたことはありません。

もちろん、いつもいつも嫌なおもいばかりしているわけではなく、東京にだってフレンドリーに話しかけてくれるおばさんや席をゆずってくれるサラリーマンもいます。本当にそれはありがたいことです。

だけどその一方で、「妊娠中は嫌がらせを受けないために妊婦マークは隠していた」という妊婦は、めちゃくちゃ多い。子どもと一緒に電車に乗っていて、とても子どもには聞かせられないような言葉をかけられたことのある人だって、本当に多いんです。

私は昔の日本を知らないから、今がどうとかっていうことはわかりません。
だけど、子どもを産み育てることが昔よりもメジャーでなくなってきている昨今、子育てへの理解者が今以上に増えていく可能性はそこまでないと思うんです。

だから、「社会に歓迎されたい」とまでは言いません。だけどせめて、「子どもがいることが自然な社会」ではあってほしいな、とは願っています。

元祖癒し系

2月
2017
14

posted by on ブログ

「癒し系」ってことば、最近はめっきりきかなくなったけれど
少し前までは「もてる女」の代名詞としてつかわれていたように思う。
もったりとした口調、ゆったりとした動作、まどろむような笑顔といったステレオタイプなそのイメージはさておき、「癒し系」が忙しい現代人に求められる理由はよくわかる。

 

人は、居心地がいい人のそばにいるだけで「何かを与えられた」と感じられるからだ。

 

 

そして最近、私は癒し系の元祖が「赤ちゃんなのではないか?」ということに、思い至った。

特に、まだ「飲んで・出して・寝て」を繰り返しているだけの新生児から3ヵ月くらいまでの赤ちゃんはすごい。
赤ちゃんのそばにいると、どうしてこんなにも「与えられている」と、素直に思えるのか。

 

ふにゃふにゃの肌、ミルクのにおい、なにもかも小さく愛らしい姿。癒しの要素を全身にまとって放出させているのはもちろんのこと、

だけどその実、腹が空けば泣き、うんこすればまた泣き、満足すれば寝るという赤ちゃん。そんなことをもし大人がやってのけたとしたら、それは一転、傍若無人なふるまいににほかならない。
やっていることが一緒だとしても、できるのにやらないのと、今できることを精一杯やってそれなのでは、まったく意味合いが異なるからだ。

 

思うに「癒し系」として重要なのは、「邪念をもたないほど一生懸命にやる」ということなのではないか、と思う。
赤ちゃんの興味対象といえば、飲んで、出して、寝るばかり。それだけしかできないのだし、それだけに全身全霊をかけてやりきる。周囲のことなどおかまいなしに。
だけれどもそれこそが、癒しのオーラを放出する重要な要素なのだろうと思う。

そして、それに近い感覚を持つ大人にも、たまに出会うことがある。
私の場合、その多くが「明確な目標にわきめも振らず邁進するアーティスト」だ。
そして重要なのはアーティストということではなくって、
「わきめも振らず邁進する」こと。邪念をもたないほどに。

 

吸いもあまいも知ってしまうのが、悲しくも欠かせない大人という存在。だけど人は先入観をもたず、ありのままの自分をそのまま見てくれるフラットな相手に対して安心する生き物なのである。

何かに夢中になって、それこそ誰かと自分を比較する暇もないほどに集中しているときには、吸いもあまいも他人のネガティブな要素なども無意識のうちに排除しながら、邁進し続ける。
その邪念なきゾーンに入っている人というのは、他人からはある意味鈍感な人のように思われるかもしれない。

だけど、その姿ほど純粋なものはない。人はしばしば「少年のよう」などと形容したりするけれども、私は、少年というよりはむしろ、赤ちゃんに近づいているのではないかと思う。
私の知る「癒し系」の人々は、しばしば赤ちゃんのように、全身から「癒しのオーラ」を放出させているからだ。

そして人はやっぱり、そういう人のそばにいるのが好きだ。

 

だから私は今更だけど、癒し系になりたいと思う。そしてふと、そこは目指しちゃいかんだろう、、ということに気がつく。

私のすべきことは、「わきめも振らずに目標に向かって邁進すること」であり、癒し系はその過程で偶然与えられるラッキーな産物でしかないからだ。手段と目標を混同してはいけないんだった。

あぶないあぶない。

 

 

posted by on ブログ

昨日、保育所の通園可否通知がとどいて
4月から次女が、無事に、長女と同じ保育園にかよえることになりました!

 

ほっとしました。
これでやっと、4月以降の仕事のおはなしを進めることができます。

 

長女が1歳のときには、認可園(公立保育所)はおろか、認定保育所まで落ちて一時保育を利用していたんです。
だけど、今年から長女の保育園では0歳児の一時保育がなくなることが決まっていて、
もし今回入れなかったらと思うと、絶望的な気持ちだったんです。

 

でも、そういう思いをしてきたから
私が入れたということは、あと50人以上の人が落ちたことを意味してもいるわけで、
単にうれしいばっかりでもなくて。

だいたい、0歳児から保育園に預けたいと思っている親って、
ほんとのところ、どのくらいいるんでしょう?

 

今回入園が決まった次女は4月で3ヵ月。
首も座らない赤ちゃんを保育所にあずけるなんて、本当は胸が痛いし、
できることなら1年はそばで成長を見守りたい。

でも、1歳の定員枠はたったの2名。最近はシングル家庭も多いので、
とてもその2枠に入れる見込みはなく、そこで今回は0歳児で入園させることにしたのです。
もちろん、福利厚生のないフリーランスで仕事をしていて、
1年もの休業ととることは難しいというのが最大の理由ではありますが。

 

それを見越して、出産自体を4月、5月に調整している親御さんもほんと多いんですよ。
4月や5月に産まれたのなら、最低でも次年度の4月までの1年間は、
親元で育てることができますから。

 

「保活」は、子供が欲しい親にとってのストッパー。
むしろ、二人目以降を考えている共働きの家庭にその傾向がつよいですよね。
なにをすれば、こういう問題は解消されていくんでしょうね。
私ができることは少ないけれど、今年は「子育て本」に携わりたいと強く思っていて、
そうした現状の発信もできたらいいですよねえ。

なんらかの形で、子育て中のお父さん、お母さんたちを応援していけないものでしょうかね。

 

喧嘩

2月
2017
07

posted by on ブログ

誕生日なのに、なーんか夫とやな感じ。険悪。

あまりにも人の仕事を軽視する発言をするから
「稼ぎの少ないトランプめ!」

といったら、傷つけてしまった。

稼ぎの少ないって、トランプ未満(そらそーだろ)と言いたかっただけなのだけど、

男のひとってそこんとこナイーブだからね。

気をつけよう。

posted by on ブログ

スクリーンショット 2017-02-02 10.00.56

 

坂本フジヱさん、という御歳93才の助産師さんのインタビューが、
2015年1月23日の、日経ビジネスオンラインに掲載されていました。

タイトルは、「男と女が同じなら、そらセックスもせん」。

ちょっと過激ですが、
実際の内容は、男女の性についてではなく、経験ゆたかなプロの助産師として「人が生まれること」、「人を産むこと」について、フジヱさんがこれまで取り上げてきたお産で感じていることが語られていました。

 

(本文引用)
姿形が違うように、本当は赤ちゃんの生まれ方だってみんな違うんです。でも今は厚生労働省のマニュアルというのがあって、「こういうときにはこうしなさい」となっている。人生のスタートが、皆同じようになってきてるんですね。

 

(自然分娩の減った現代は)「ああ、かわいい」と、本当に子供を愛おしく感じることが少なくなったんかなと思うんです。その気持ちが義務的になったと言ったらちょっと語弊があるかも分かりませんけど、人工的なものに人間がなじんできた。

 

感覚が敏感な0歳児の間に、とにかく徹底して愛情を与えて与えて与え切る。それで育児の50%は終わりです。お母さんと子供との間に、強力な信頼関係ができる。そしたら自己肯定感が磨かれて、年上の人らと信頼関係を築いていけるようになる。

 

子供というのは神の意思でなかったら、なかなか授かれんです。それを「やっぱりもうちょっと楽しんでから結婚しようか」という人が増えたでしょう。子供も「つくる」って言うようになりましたね。
 

私は、かつて熱心にマクロビをしていた時期があり、上の娘も、いわゆる「自然派保育園」に入っていて、だから私自身「自然派の人」とくくられてしまうことも多いように思います。

 

なので、「今回の出産は助産院をえらびました」なんていうと、
「あー(そういう人ね的)っぽいぽい」と、「自分とはちょっとちがう感覚だから」と扱われてしまいがちなんですが、それでも、あえて伝えたい確信のようなものがあって。

 

それは、

「どこで産むのか、どんなふうに産むのかによって、その後の育児は100%変わる」

ということなんです。

 

私は、上の娘を病院で、下の娘を助産院で出産しました。
そして、病院での出産では得られなかった「幸福感」を、助産院では感じることができたという実感を持っています。

 

もちろん第一子、第二子というちがいもあると思います。
だけど、今回国分寺にある「矢島助産院」で出産させてもらったことで、
不思議なほど、「子どもは宝物なんだ。出産は女性の特権なんだ」と感じることができるようになりました。

 

「どうしてかな?」ってずいぶん考えました。「なにがちがったのかな?」って。
そして、「ああそうか、矢島助産院では、妊婦と赤ちゃんが主役のお産ができたんだ」ということに思い当たりました。

 

矢島のスタッフさんは検診ごとに、私のお産への不必要な不安や孤独を一枚一枚脱がせていってくれたんです。
それは、妊婦と赤ちゃんが主役のお産を経験させてくれるためだったんですよね。

 

たとえば、矢島では助産師を含む約10人のスタッフが、きちんと妊婦の情報を共有してくれています。
待合室で話した私の何気ないひと言でも、次の検診時にはみんなにその内容が共有されているんです。そして、スタッフのモチベーションが高く、いつでも笑顔でむかえてくれる。

 

正直、私は矢島のスタッフさんが最初から妊婦との距離が近いことに戸惑ったこともありました。
でも何度か通っているうちに、この距離の近さは「お産」という身も心も露わにして助産師さんとおこなう共同作業において、欠かせないものなんだということがわかってきました。
なんでも話せる関係をあらかじめ築いておくことで、この人たちは私たちに、「最高のお産」を提供しようとしてくれているんだ、ということが伝わってきたのです。

 

次第に、私は「ああ、私はここの助産師さんにだったら誰に赤ちゃんをとり上げてもらっても安心だ」と思えるようになりました。

陣痛がきたって、「矢島にさえつければ大丈夫だ」って。

 

正直、こと出産においては夫だって実家の母だって頼りにはならない。
それは、孤独で不安な妊婦と赤ちゃんのいとなみで、いざ頼りにできるのは、助産師さんというプロの存在だけ。
だからこそ、お産を前にこうした信頼関係を築けていることが、どれほどありがたいことか。

 

そして、その場所が助産院という医療介入のない、できない環境だからこそ、私は、より主体的な「妊婦」として育ててもらえたのだと感じているのです。
「医療行為」の主役は医療者なのでどうしても医者任せになってしまう。だけど、通常の「出産」であれば、それは私と赤ちゃんのいとなみなんですよね。

 

信じられないかもしれないけど、
矢島でのお産では、お母さんが赤ちゃんを自分の手で取り上げるんです。

私のときには、「ほら!頭もう見えてるから触ってみて!」と言われ、
鏡でその様子を見せてくれました。黒々とした赤ちゃんの髪が手に触れることで、
「ああ、もう少しで会えるんだ。あとほんのひとふんばりなんだ」という気持ちになり、それに後押しされて壮絶な痛みにも耐えることができたんです。

ぬめっとしたやわらかで温かな赤ちゃんの脇に手を差し込み、自分の胸まで引き上げて、今まさに生まれた我が子を抱いて過ごす充実感といったら。

 

第一子のときの病院での出産は、医療者の介助がしやすいようにと私は冷たい分娩台に上がりました。初めての医療機器の上で信じられないほど開脚しながら、どこにどう力を入れていいのかもわからなかったのを覚えています。

本当に、助産師さんに言われるがままの出産だったんです。
せっかく産まれてきた子どもなのに、なぜか「なんか、急にここに居るんだけど」みたいにしか思えなかったんですね。

 

矢島では、あらかじめ出産日数週間前に、「お産のデモンストレーション」が行われます。
ここでは、フリースタイル分娩でのお産の仕方を、助産師さんによる迫真の演技によって学ぶことができ、その後、妊婦さん自身も本番さながらに呼吸法や体勢のとり方などを実演していきます。
「私が産むんだ」という自覚を強くもつきっかけになった講習でした。

 

こうした充実した事前学習のおかげで、今回のお産では、いざ本番になっても「どうやればいい?」なんてことには一つもならずに済みました。
そのプロセスの一つひとつが、「妊婦が主体的の産む」ための準備であり、だからこそ、私は今回のお産ではいつも主役は「自分」であり、「赤ちゃん」なのだと感じていられたのだと思います。

母の本能を発揮し、ありのままの赤ちゃんを「かわいい」と思える育児ができているんだと思います。

 

感覚が敏感な0歳児の間に、とにかく徹底して愛情を与えて与えて与え切る。

 

「お産と子育てはつながっている」。フジヱさんが言いたかったのは、たぶんそういうことだろうと思うんです。

 

とはいえ、助産院での出産は妊婦さんにとってはハードルが高いのも事実。
妊婦さんの年齢や、逆子、週数、胎児の状態、いろいろな壁をクリアしてやっと実現できることであって、今は誰にでも叶うことではありません。
助産院での出産はひとつの選択肢だとは思いますが、もちろんそれがすべてではない。

 

私はこれまで、ライターとして多くの先進的な病院で、医師や看護師さんを取材してきました。そして、それと同じくらいホリスティックな医療の担い手にもインタビューしてきました。

そして、西洋医学もホリスティックな医療も、どちらも今の世の中には欠かせないと強く感じるようになりました。

 

なので、出産における医師の医療介入がだめだなんて、これっぽっちも思ってはいません。むしろ、それによって救われた命がどれだけ貴重で、多くの夫婦の支えとなっているのかを少しは人より多く知っていると思っています。

 

ただ、今回のお産を通して、
「どこででも産めればいい。お産なんてどれも一緒」と思うのは、ちょっとちがうのではないかなあと。
お産によって、その後の育児の大変さや子どもに対して抱く感情がこんなにもちがうということを知っているかどうかって、意外と大きいのと思うのです。

 

だって、せっかく産んだ我が子をかわいいと思えなかったらきっと、お母さんは自分自身を責めることになるから。

 

今は、偉そうな妊婦のことを「妊婦様」と呼ぶこともあるようだけど、
やっぱり、出産って重労働ですよ。
その人それぞれの「安心に包まれたお産」の方法は必ずある。
お母さんと赤ちゃん両方にとって、より不安の少ない「お産」を選択できる世の中になっていけばいいのになあ、と心から思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by on ブログ

2月に入るとすぐに、私は37歳になる。

 

20代の頃は、30代になれることがうれしかった。

 

だけど、そろそろアラフォーと言われる年齢を迎えた今、
40代に突入することが、とてつもなく怖い。

 

 

30代と40代のちがい。

 

それはあくまでも私が思っているだけで
少々、偏っているかもしれない。

 

そのちがいを私は、

 

言葉が、洋服やアクセサリーのように自分の身に纏うものであった30代と、
言葉が、自分の骨肉になる40代

 

と、言いあらわすことができるのではないかと思っている。

 

だから、30代の頃なら

流行の、借り物の言葉をまるで自分の言葉であるかのようにSNSなどで発信することができたし、
そのことへの恥じらいも少なかった。

 
だけど40代に入ると、言葉は自分の存在そのものであるから、
そんな恥ずかしいことはできない。
愛情の深さや、考察、思考の深さがそのまま、
人間としての深さに直結してしまう。

言葉は30代の頃の勢いによるものから、
「存在感」の一部として血肉化するから、誤魔化しがきかない。

 

あるレストランへ行ったときのこと、

そこは、サービス料金を提示している店で
各テーブルには、オーダーなどをとってくれる専属の店員さんがついていた。

だけど、私たちのテーブルの店員さんが
オーダーを1つ、忘れてしまった。

私は、そのことを近くにいり手の空いている店員さんを呼び止めて伝えてしまった。
するとすぐに、担当の店員さんがやってきて「申し訳ありませんでした」
と頭を下げた。

 

私は、「いいですよ」と軽く言ってすぐに食事に戻ったのだけれど、
ふと、思った。

これでは足りない。

40代になった私は、こんなことではいけない。

 

40代の私は、相手のもっとも望んでいる言葉をかけられる人でなければならない。

さっきのケースでいえば、
担当の店員さんがくるのを待って、そっとそのことを告げるべきだったし

謝られた時には、
「もうお腹がいっぱいだったので、大丈夫ですよ。お勘定に入っていなければ問題ないので」

と言えばよかったのだ。

 

40代になったら、

相手の望んでいる言葉をスマートにかけられる人でなければならない。

季節の花の名前を、すらりと言える人でなければいけない。

その花について詠われている、短歌や俳句を一つは知っていなければならない。

物の価値を知って、それを愛でる習慣をつけなければならない。

 

「ならない、ならない」でがんじがらめになっているのは
まだ、私が30代だからだろうか?

だけど今、見えている40代のハードルはとてつもなく高い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by on ブログ

出版関係者ならば、
のどから手が出るほどほしい情報を
なんと、まあ、あっさりと(無料で)公開してしまっているのか?!

 

と、大げさでもなんでもなく、私が驚愕したサイトがあるんです。

 

それが、「本日校了(http://honjitsukoryo.com/)」。

 

すごーいすごーい!

 

なにがすごいって、なんでもこのサイトは、
普段は実用書を手がけている女性編集者4名とプロの写真家、デザイナーなどが
出版社の枠を超えて結集し、「プライベート編集部」として
運営しているそうなんです。

 

みなさん、仕事で受け持たれている書籍だけでも相当あるはずなのに
こうして実務とは別のところで新たに発信していこうとされていて、
もう、その根っこにあるのは、

 

本当に「伝える」ことが好きで、
それを発信していくことで「人の役に立ちたい!」という、あつーい気持ち以外のなにものでもない!

 

のでしょうね。

 

ああ、感服。

 

サイト内には、「あう」と「まなぶ」という2つのテーマが設けられているのですが、
第1回目の「あう」は、「一生懸命につくった本が売れない」っていう事態を減らす方法を教えてください!」

という直球の質問を、サンマーク出版のヒットメーカー「黒川精一さん」にぶつけています。

 

黒川さんといえば、
『医者に殺されない47の心得』、『長生きしたけりゃふくらはぎをもみなさい』で2年連続ミリオンセラーを出され、

2016年には、『どんなに体がかたい人でもベターッと開脚できるようになるすごい方法』がミリオンセラーとなっている、まさに生きる伝説のような編集者です。(本文より抜粋)

 

メディアにはほとんど登場されないそうで、
だからこそ、ここでしか語られない「レア感」もあり

しかも、池田るりこさんという会社の後輩にあたる編集者さんが、
後輩という立場をフルに活かして、どんどん鋭いところに切り込んでいってくれるんですよね。

こんな、ありがたい情報を惜しげも無く提供してくれる
その太っ腹さ、ありがたいっす!

 

このインタビューで、私がめちゃくちゃ参考になったのが
「ジャンル分析」のおはなしでした。

黒川流の企画のつくり方は
まず、「各ジャンルにどのくらいのお客さんがいるか?」から考えるのだとか。
書籍企画の場合、購買予定読者はざっくり20万人くらいが目安とも言われていますから、
これなら、なんとなくイメージつきますよね。

 

だけど、黒川さんの場合はここからがすごい。

 

よく言われている、いわゆる「売れ線の書籍ジャンル」といえば
お金、健康、ダイエット、食事、家族、日本語、英語・・・ですが、

ここから、さらに「お金」であれば
男性向けの金融投資、不動産投資、自己啓発的な思考系、副業、女性向けの節約、貯金、家計簿活用法など、ジャンルを細分化していくんだそうです。

そして、たとえば「不動産投資」を得意とする著者がいた場合には、
その著者のノウハウに、どんなテーマを応用すれば「お客さんの数(購買予定者数)を満たすことができるか?」と、逆算していくんですね。
「不動産投資×節約」とか「不動産投資×思考法」なんていう具合に。
だから、実際には不動産投資の話をしていても、切り口はがらりと変わる。

黒川さんが以前手がけられた『お金が貯まるのどっち?!』という書籍も、
著者から持ち込まれた時点でのテーマは、「不動産投資」だったそうです。

 

目から鱗。
私、完全に著者さんのノウハウだけで購買予定者数を算出していました。
著者さん頼み・・・。

わふ。

 

黒川さんのインタビューは全8回が予定されています。

今後は、以下のテーマが公開されるそうなので要チェック!

 

第2回「市場にない、売れる本」をつくるためにはどうすればいいか?
第3回「自分がおもしろいと思っているものをつくると売れるのか問題」
第4回「本づくりをはじめる前に、かならず満たしておくべきこと」
第5回「カバーをつくるときの、6つのチェックポイント」
第6回「原稿づくりの方法」って?
第7回「編集ができるようになるトレーニング」ってありますか?
第8回「本を売り伸ばすための、PR」について教えてください!

 

みなさん本当にお忙しいだろうし、
女性なのでライフステージが変わることもあるでしょうけど
長く続けてほしいサイトですよね〜。

 

 

posted by on ブログ

「微睡み(まどろみ)」って
辞書で調べると「仮眠」とか「束の間の眠り」みたいに書いてあるけど、なんか、ちょっとちがうような。

 

私が思う「まどろみ」には、
睡眠に入る前の、あの甘ったるくて、ゆっるーい、どこまでも怠惰な時間も
含まれているのだけどなあ。

 

【今日の備忘録】

(人物トピック)工業デザーナー 奥山清行
日本人初のフェラーリデザイナー。

 

「シンプルは単純ということではない」

 

とおっしゃった。

 

よく、シンプルという言葉には、
「無駄なものを一切排除した」という枕詞がつくのだけれど、

「排除」って言い方は、ちょっと強いよね。

 

多くの無駄があって、だけどそれも試行錯誤の一部であるわけで、
「最終的に残った形」というのは、
そうした試行錯誤がくりかえされた結果だから。

 

そう考えると、「最終的に残った形」と「排除された形」なんてものは、
光と影のように
本当は、単にどこにスポットライトを当てるかだけのちがいでしかなくて
それを、他人が結果だけをみて、そう評しているだけに過ぎないのかもしれない。

 

 

(人物トピック)
伊藤豊雄(建築家)  体験学習施設ぐりんぐりん(福岡)に、行って見たい。
建築家の姉と娘たちといっしょに。