生まれること、産むこと、

2月
2017
02

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坂本フジヱさん、という御歳93才の助産師さんのインタビューが、
2015年1月23日の、日経ビジネスオンラインに掲載されていました。

タイトルは、「男と女が同じなら、そらセックスもせん」。

ちょっと過激ですが、
実際の内容は、男女の性についてではなく、経験ゆたかなプロの助産師として「人が生まれること」、「人を産むこと」について、フジヱさんがこれまで取り上げてきたお産で感じていることが語られていました。

 

(本文引用)
姿形が違うように、本当は赤ちゃんの生まれ方だってみんな違うんです。でも今は厚生労働省のマニュアルというのがあって、「こういうときにはこうしなさい」となっている。人生のスタートが、皆同じようになってきてるんですね。

 

(自然分娩の減った現代は)「ああ、かわいい」と、本当に子供を愛おしく感じることが少なくなったんかなと思うんです。その気持ちが義務的になったと言ったらちょっと語弊があるかも分かりませんけど、人工的なものに人間がなじんできた。

 

感覚が敏感な0歳児の間に、とにかく徹底して愛情を与えて与えて与え切る。それで育児の50%は終わりです。お母さんと子供との間に、強力な信頼関係ができる。そしたら自己肯定感が磨かれて、年上の人らと信頼関係を築いていけるようになる。

 

子供というのは神の意思でなかったら、なかなか授かれんです。それを「やっぱりもうちょっと楽しんでから結婚しようか」という人が増えたでしょう。子供も「つくる」って言うようになりましたね。
 

私は、かつて熱心にマクロビをしていた時期があり、上の娘も、いわゆる「自然派保育園」に入っていて、だから私自身「自然派の人」とくくられてしまうことも多いように思います。

 

なので、「今回の出産は助産院をえらびました」なんていうと、
「あー(そういう人ね的)っぽいぽい」と、「自分とはちょっとちがう感覚だから」と扱われてしまいがちなんですが、それでも、あえて伝えたい確信のようなものがあって。

 

それは、

「どこで産むのか、どんなふうに産むのかによって、その後の育児は100%変わる」

ということなんです。

 

私は、上の娘を病院で、下の娘を助産院で出産しました。
そして、病院での出産では得られなかった「幸福感」を、助産院では感じることができたという実感を持っています。

 

もちろん第一子、第二子というちがいもあると思います。
だけど、今回国分寺にある「矢島助産院」で出産させてもらったことで、
不思議なほど、「子どもは宝物なんだ。出産は女性の特権なんだ」と感じることができるようになりました。

 

「どうしてかな?」ってずいぶん考えました。「なにがちがったのかな?」って。
そして、「ああそうか、矢島助産院では、妊婦と赤ちゃんが主役のお産ができたんだ」ということに思い当たりました。

 

矢島のスタッフさんは検診ごとに、私のお産への不必要な不安や孤独を一枚一枚脱がせていってくれたんです。
それは、妊婦と赤ちゃんが主役のお産を経験させてくれるためだったんですよね。

 

たとえば、矢島では助産師を含む約10人のスタッフが、きちんと妊婦の情報を共有してくれています。
待合室で話した私の何気ないひと言でも、次の検診時にはみんなにその内容が共有されているんです。そして、スタッフのモチベーションが高く、いつでも笑顔でむかえてくれる。

 

正直、私は矢島のスタッフさんが最初から妊婦との距離が近いことに戸惑ったこともありました。
でも何度か通っているうちに、この距離の近さは「お産」という身も心も露わにして助産師さんとおこなう共同作業において、欠かせないものなんだということがわかってきました。
なんでも話せる関係をあらかじめ築いておくことで、この人たちは私たちに、「最高のお産」を提供しようとしてくれているんだ、ということが伝わってきたのです。

 

次第に、私は「ああ、私はここの助産師さんにだったら誰に赤ちゃんをとり上げてもらっても安心だ」と思えるようになりました。

陣痛がきたって、「矢島にさえつければ大丈夫だ」って。

 

正直、こと出産においては夫だって実家の母だって頼りにはならない。
それは、孤独で不安な妊婦と赤ちゃんのいとなみで、いざ頼りにできるのは、助産師さんというプロの存在だけ。
だからこそ、お産を前にこうした信頼関係を築けていることが、どれほどありがたいことか。

 

そして、その場所が助産院という医療介入のない、できない環境だからこそ、私は、より主体的な「妊婦」として育ててもらえたのだと感じているのです。
「医療行為」の主役は医療者なのでどうしても医者任せになってしまう。だけど、通常の「出産」であれば、それは私と赤ちゃんのいとなみなんですよね。

 

信じられないかもしれないけど、
矢島でのお産では、お母さんが赤ちゃんを自分の手で取り上げるんです。

私のときには、「ほら!頭もう見えてるから触ってみて!」と言われ、
鏡でその様子を見せてくれました。黒々とした赤ちゃんの髪が手に触れることで、
「ああ、もう少しで会えるんだ。あとほんのひとふんばりなんだ」という気持ちになり、それに後押しされて壮絶な痛みにも耐えることができたんです。

ぬめっとしたやわらかで温かな赤ちゃんの脇に手を差し込み、自分の胸まで引き上げて、今まさに生まれた我が子を抱いて過ごす充実感といったら。

 

第一子のときの病院での出産は、医療者の介助がしやすいようにと私は冷たい分娩台に上がりました。初めての医療機器の上で信じられないほど開脚しながら、どこにどう力を入れていいのかもわからなかったのを覚えています。

本当に、助産師さんに言われるがままの出産だったんです。
せっかく産まれてきた子どもなのに、なぜか「なんか、急にここに居るんだけど」みたいにしか思えなかったんですね。

 

矢島では、あらかじめ出産日数週間前に、「お産のデモンストレーション」が行われます。
ここでは、フリースタイル分娩でのお産の仕方を、助産師さんによる迫真の演技によって学ぶことができ、その後、妊婦さん自身も本番さながらに呼吸法や体勢のとり方などを実演していきます。
「私が産むんだ」という自覚を強くもつきっかけになった講習でした。

 

こうした充実した事前学習のおかげで、今回のお産では、いざ本番になっても「どうやればいい?」なんてことには一つもならずに済みました。
そのプロセスの一つひとつが、「妊婦が主体的の産む」ための準備であり、だからこそ、私は今回のお産ではいつも主役は「自分」であり、「赤ちゃん」なのだと感じていられたのだと思います。

母の本能を発揮し、ありのままの赤ちゃんを「かわいい」と思える育児ができているんだと思います。

 

感覚が敏感な0歳児の間に、とにかく徹底して愛情を与えて与えて与え切る。

 

「お産と子育てはつながっている」。フジヱさんが言いたかったのは、たぶんそういうことだろうと思うんです。

 

とはいえ、助産院での出産は妊婦さんにとってはハードルが高いのも事実。
妊婦さんの年齢や、逆子、週数、胎児の状態、いろいろな壁をクリアしてやっと実現できることであって、今は誰にでも叶うことではありません。
助産院での出産はひとつの選択肢だとは思いますが、もちろんそれがすべてではない。

 

私はこれまで、ライターとして多くの先進的な病院で、医師や看護師さんを取材してきました。そして、それと同じくらいホリスティックな医療の担い手にもインタビューしてきました。

そして、西洋医学もホリスティックな医療も、どちらも今の世の中には欠かせないと強く感じるようになりました。

 

なので、出産における医師の医療介入がだめだなんて、これっぽっちも思ってはいません。むしろ、それによって救われた命がどれだけ貴重で、多くの夫婦の支えとなっているのかを少しは人より多く知っていると思っています。

 

ただ、今回のお産を通して、
「どこででも産めればいい。お産なんてどれも一緒」と思うのは、ちょっとちがうのではないかなあと。
お産によって、その後の育児の大変さや子どもに対して抱く感情がこんなにもちがうということを知っているかどうかって、意外と大きいのと思うのです。

 

だって、せっかく産んだ我が子をかわいいと思えなかったらきっと、お母さんは自分自身を責めることになるから。

 

今は、偉そうな妊婦のことを「妊婦様」と呼ぶこともあるようだけど、
やっぱり、出産って重労働ですよ。
その人それぞれの「安心に包まれたお産」の方法は必ずある。
お母さんと赤ちゃん両方にとって、より不安の少ない「お産」を選択できる世の中になっていけばいいのになあ、と心から思っています。