絶唱

2月
2017
20

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湊かなえさんの「絶唱」を読了。

手にしたきっかけは、何かのテレビ番組で湊さんがトンガをおとずれていて、
そこで過ごしたボランティアの日々を回想しながら、この書籍に込めた思いをあつく語っている姿が印象的だったから。

正直、他著書にくらべて「おもしろいか?」ときかれたら、
この本ではなく「白雪姫殺人事件」や「母性」をおすすめします。

なにがいまいちだったかというと、たぶん「トンガ」という特異な場所が舞台となっているので
その説明を、どれだけどのようにすべきかということに著者の意識のおおくが向けられていて、彼女の得意とする「日常の違和感」にたどり着くまでに時間がかかったから。

それと、あとはやはり「思い入れ」が強すぎたからではないでしょうか。

人に読まれる文章って、最低でも2つの視点が必要なんです。
ある出来事に対して「自分が」ダイレクトに感じる視点と、全体を俯瞰してみるべき「読者の視点」。

だけどこの本は、後者が圧倒的に足りなかった。

湊さんは、阪神淡路大震災の被災者なんですよね。でも、それをネタにして本を書くことはしたくない、被災体験をお金に換えるようなことはすべきではない、とずっと思ってきた。
それは、震災で友人を亡くしたことはもとより、同じ被災者の間に生まれる「被災格差」のようなものに起因していて、
湊さんは、「助けに行こうと思えば行けた友人を助けに行かなかった自分」を、ずっとうしろめたい存在として抱えていたから。
そんな湊さんを変えてくれたのがトンガで出会った人々や宗教観で、本書はトンガ時代の知り合いから、「そろそろ書いてもいいのでは?」と勧められたのがきっかけで筆をとったそうです。
だけど客観的になるにはもう少し時間が必要だったのかもしれない。

湊かなえさんと並列で語るのは大変恐縮なのですが
私も、インタビューでいい話、共感する話をきいたときには、それを客観的文章として昇華させることにとても苦労します。

だけど、それはある意味、言葉と自分の距離感がそれだけ近いからなのかもしないですよね。

本書で印象に残っているのは、大学時代を「バイキング」になぞらえていたこと。

高校までの学生時代、そして社会人とちがって大学時代が楽しいのは、嫌いな人たちと深く関わる必要のない「バイキング」のような時間だから。

と書かれていて、激しく同意。